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神社の前の通りでは屋台が立ち並び、祭囃子の音色がどこからともなく聞こえてきて、顔にはそんな出なかったが有禅の心は弾んだ。
あちらこちらから漂ってくる香ばしい匂いに、思わず深呼吸する。
醤油がたっぷりと塗られた平たい焼き団子が、店主によって手際よく回されて焼かれていく様子を見るだけで、口の中が唾であっという間に満ちる。
反対側からは出汁の良い香りが漂ってくる。甘い菓子の匂いもするではないか。
――――食べたい。
「いかんいかん……これでは蕎麦屋に寄る前に腹が満ちてしまうわ」
我にかえった有禅が呟き、自らの率直な動物的欲求が可笑しくて目を細める。
その間にすれ違った若い女子二人と何気に目が合ったのだが、一瞬でその女子達の心を奪ったことに、有禅本人は相変わらず全く気づかない。
でも結局、焼き団子は買った。
棚にかけられた沢山の色鮮やかな風車が、そよ風によってくるくると回る。そんな風車を親に買ってもらったのだろう。幼い男子が緋色の風車を手に走り回っている。
逢引中の男女が、仲睦まじく並べられてある簪をこれが良いあれが良いと選んでいる。初々しいその姿は、まだ自分よりも幾つか歳が下であろうかと、有禅は道脇の大木にもたれかかり眺める。
あんな風に、いつかわしも好いた女子に品を選ぶのであろうか。
今日は、許嫁の隣国の姫君が我が城を訪れる日だということは知っている。
知っていて、抜け出してきた。
政略結婚。父が隣国の姫君との結婚をなんとしても恙無く執り行いたい気持ちは分かる。そうすることで、近隣との力の均衡がとれ、無益な戦が避けられるからだ。
そうとは分かっているものの、気が進まないのだから致し方あるまい…………
「きゃあああっ」
突然の悲鳴に有禅はハッと我にかえると、声のする方を見渡した。
すると、少し離れた場所で見るからに荒くれ者の男数人が、先程有禅とすれ違った若い女子二人を神社奥の森へと拐かそうとする姿が見えた。
有禅は焼き団子の最後の一つを食べ終えると、一目散にかけて行った。
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