今宵、ポロンクセマの秘事にて〜若君side〜

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 *  神社の前の通りでは屋台が立ち並び、祭囃子(まつりばやし)の音色がどこからともなく聞こえてきて、顔にはそんな出なかったが有禅(ゆうぜん)の心は弾んだ。  あちらこちらから漂ってくる(こう)ばしい匂いに、思わず深呼吸する。  醤油がたっぷりと塗られた平たい焼き団子が、店主によって手際よく回されて焼かれていく様子を見るだけで、口の中が(つば)であっという間に満ちる。  反対側からは出汁(だし)の良い香りが漂ってくる。甘い菓子の匂いもするではないか。  ――――食べたい。  「いかんいかん……これでは蕎麦屋に寄る前に腹が満ちてしまうわ」  我にかえった有禅が呟き、自らの率直な動物的欲求が可笑しくて目を細める。  その間にすれ違った若い女子(おなご)二人と何気に目が合ったのだが、一瞬でその女子達の心を奪ったことに、有禅本人は相変わらず全く気づかない。  でも結局、焼き団子は買った。  棚にかけられた沢山の色鮮やかな風車(かざぐるま)が、そよ風によってくるくると回る。そんな風車を親に買ってもらったのだろう。幼い男子(おのこ)が緋色の風車を手に走り回っている。  逢引中の男女が、仲睦まじく並べられてある(かんざし)をこれが良いあれが良いと選んでいる。初々しいその姿は、まだ自分よりも幾つか歳が下であろうかと、有禅は道脇の大木にもたれかかり眺める。  あんな風に、いつかわしも好いた女子(おなご)に品を選ぶのであろうか。  今日は、許嫁の隣国の姫君が我が城を訪れる日だということは知っている。  知っていて、抜け出してきた。  政略結婚。父が隣国の姫君との結婚をなんとしても恙無(つつがな)く執り行いたい気持ちは分かる。そうすることで、近隣との力の均衡がとれ、無益な戦が避けられるからだ。  そうとは分かっているものの、気が進まないのだから致し方あるまい…………  「きゃあああっ」  突然の悲鳴に有禅はハッと我にかえると、声のする方を見渡した。  すると、少し離れた場所で見るからに荒くれ者の男数人が、先程有禅とすれ違った若い女子二人を神社奥の森へと(かどわ)かそうとする姿が見えた。  有禅は焼き団子の最後の一つを食べ終えると、一目散にかけて行った。
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