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有禅が、荒くれ者達の後を追って神社奥の森へ行くと、そこには意外な光景が広がっていた。
「あいてっ!」
「ぎゃっ。た、助けてくれぇえっ!」
「も、もうしませんから許してくださいっ」
拐かされかけた女子二人は、既に荒くれ者達の傍から離れた位置で、その様子を見守っている。
有禅も呆気にとられつつ、暫し様子を見るべく木陰に隠れた。
「許さぬっ!そなたらの悪行、たとえお天道様がお赦しになろうとも断じて許さぬっ!」
多分、そこにいた全ての者が、一人の棒きれを持った愛らしい見た目の女子に釘付けになっていた。
その一人の女子を中心として、弧を描くようにして荒くれ者達が皆、顔やら腹やら足やらを抱えて、地面に蹲ったりのたうち回ったりしている。
たったの棒きれ一つで、荒くれ者数人をあっという間にこのような目に……この女子、まだあどけなく見えるが、相当の剣の使い手と見える。
状況を把握した有禅は息をのんだ。
「そなたらのその腐った性根、この琴が直々に叩き直してしんぜようっ!さぁ、早う参らぬかっ」
そう溌剌と地面に伏す荒くれ者達に口上を述べる琴と名乗る女子の喜々とした表情に、有禅はクスッと思わず微笑んだ。
この琴とかいう女子、面白き女子よ……
自分らの目の前で棒きれを振り上げる女子を前に、荒くれ者達がヒエエエと恐怖のあまり揃えて声を上げた時だった。
「くぅおおりゃっ!こんな所に変装しておったか、じゃじゃ馬娘がっ!」
今度は嗄れた男の声が後ろから轟き、有禅は木陰に更に身を潜めつつ振り返った。
すると、そこには身なりの整った年配の武家の男を筆頭に、護衛と見られる数人の若侍達が息を切らし立っていた。
「じ、爺!一体どうやって……ッ゙!」
――――爺?
有禅が再び棒きれの女子の方を見やると、さっきまで水を得た魚の如くいきいきとしていた琴とかいう女子が、今度は慌てふためいている。
「このたわけっ!一体どうやってではござらんわっ!どれだけこの老いぼれの寿命を縮めれば気が済むんじゃっ」
そう言うと、爺と呼ばれた年配の男は若侍達に行けと促した。若侍達はハハッと恭しく一礼すると、すぐさま手慣れた手つきで荒くれ者達をまとめて縛り上げた。
「そこな娘さん方。ここでのことは狸か狐にでも化かされたと思うて全て忘れよ。決して他言無用じゃ。良いな」
少し離れた様子で見ていた若い女子二人に爺と呼ばれた年配の男が促すと、女子二人は頷き、琴という女子に向かって頭を下げ、駆け足で去って行った。
肝心の琴という女性はと言うと、女子二人の後ろ姿に向かって、達者でなぁと先程の鬼気迫る気迫はどこへやら呑気に手を振っている。その姿と、少し離れた場所から怒りに全身が震えている爺という男の対比を目の前にして、有禅は口元と腹をおさえ、心の中で秘かに笑った。
「達者でなぁではござらんわ。一体どこをどうほっつき歩いておったんじゃ。お城の若君に御目通りする時間はとうに過ぎておるのじゃぞ。もしもこれで縁談が破談にでもなり国同士の戦にでもなったらどうするつもりじゃっ!」
――――ん?
お城の若君に御目通りする時間?
縁談が破談?
琴という女子の目の前まで歩み寄った年配の男がガミガミと説教を始め、それを聞いた有禅は年配の男が言った言葉を頭の中で反芻した。
琴という女子は爺という年配の男にそう言われた途端、さも不服そうに答えた。
「元はと言えば爺が悪い!縁談相手に会うとか一つも言わずに、ただお詣りに行きましょうぞお祭りもあります故とか言ってだまくらかして遠路はるばるここまで連れてきて!」
「そうでも言わんと姫がいつまでたっても城から離れんと思うてのことじゃっ!……えぇいっ、最後の最後までこの爺に騙されとったら良かったものをっ」
「爺酷いっ!騙し討ちとは卑怯者のすることぞっ!」
「卑怯者呼ばわりとは聞き捨てならんっ。これまで御目通りに参ると告げる度、何度城から脱走して若君への御目通りの約束を反故にして参られたと思うておるのじゃ。その度に姫の体調が優れぬと文を書いて使いの者を遣わし……いつ向こうからそのことを理由に戦を仕掛けられるかと、殿様を始め我ら一同皆気が気ではないのじゃぞっ!」
「……っ!妾は……妾はまだ嫁になど行きたくないのじゃ!」
「いい加減聞き入れなされ。全ては御国の為、御家の為じゃ!」
「うるさい、爺なんか大っ嫌いじゃっ!」
「嫌いで結構!右近、何をボサッと突っ立っておる。さっさと姫様を連れて行くのじゃ」
「嫌じゃっ、離せっ!妾は絶対に若君になど会わぬっ!」
「いい加減腹を決めななされ!」
「嫌じゃあああっ!」
叱責する年配の男が差配し、若侍達によって姫と呼ばれた女子が宥めすかされながら連れられて行くのを、有禅はただただ静かに見送った。
そうして嵐のような時間が過ぎ去り、誰もいなくなったところで木陰から姿を現した。
「あれが琴姫……中々会えずじまいじゃったわしの許嫁か。何とも勇ましく面白き女子のようじゃ」
そう呟きつつ、有禅は可笑しそうに肩を揺らした。
「今回もわしがこうして出てきておる故、目通りは叶わぬがの。まぁ良い。次会うとしよう……」
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