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春告鳥がホーホケキョと小気味よい声で鳴く。どこまでも麗らかな春だと、有禅は庭を見つめていた。
「有禅様、お呼びでございましょうか」
「茅。琴姫の様子は?不自由なく過ごさせてるか?」
胡座をかき、その上に乗せた三毛猫の八助の頭を撫でる有禅の問いかけに、侍女頭の茅はやや返答につまりながら答えた。
「えぇ、それはもう……琴姫様におかれましては、旅の疲れなども特に見られず、お健やかにお過ごしになられておいでにございます」
「そうか。今宵の話については教えておるのだな?」
「えぇ……ですが、私の口から申し上げるのもなんではございますが……」
「なんじゃ。言うてみよ」
「琴姫様はどうも心ここにあらずと申しましょうか……この茅の眼には今ひとつ此度の婚儀に対して身が入っていないように。そもそも、私どもは琴姫様がお身体の弱々しい手弱女とお聞き致しておりましたが、その話がどうも解せませぬ。朝は薙刀のお稽古に存分にお励みになられ、昼餉はご飯を三杯もおかわりしてお食べになられておりまする。先程などは、殿様の側室の子らと走り回って遊んだかと思えば、食後の運動に丁度これが良いのじゃとか、いつもやってることじゃとかなんとか言うて、東庭に生えている大木によじ登ろうと。勿論、大切なお身体ゆえ、お止め頂くようお諌め申し上げましたが……隣国の姫君とは、あのような御方が手弱女と呼ばれるのでございましょうか?茅には理解が追いつきませぬ……」
そこまで神妙に答えていた茅の言葉を聞いていた有禅が突然高らかに笑い、茅は驚きのあまり目を見開いた。見開いたはものの、あまりにも細い眼の為、有禅には全く気づかれていない。
「有禅、様?」
「あ……いや、すまぬ。そうかそうか。腹いっぱいに飯を食うたか。いつも通りに振る舞っておるのか。それは良い心がけじゃ。なにしろ今宵は長丁場になるからの。明け方までもつよう精々体力をつけておいてもらわねばならん」
有禅が目を細めてそう言うと、何を想像したのか茅はサッと頬を赤らめた。
琴姫のやつ、相変わらずこの婚儀に乗り気ではないようだのう……まぁ、それもまた一興。
成程、薙刀に木登りか。色々と姫の気に入っていることを聞いてみるとしよう。
八助の頭や背中を撫でながら、有禅は楽しみじゃと呟いた。
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