今宵、ポロンクセマの秘事にて〜若君side〜

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 *  春告鳥(はるつげどり)がホーホケキョと小気味よい声で鳴く。どこまでも(うら)らかな春だと、有禅(ゆうぜん)は庭を見つめていた。  「有禅様、お呼びでございましょうか」  「(かや)琴姫(ことひめ)の様子は?不自由なく過ごさせてるか?」  胡座(あぐら)をかき、その上に乗せた三毛猫の八助(はちすけ)の頭を()でる有禅の問いかけに、侍女頭の茅はやや返答につまりながら答えた。  「えぇ、それはもう……琴姫様におかれましては、旅の疲れなども特に見られず、お健やかにお過ごしになられておいでにございます」  「そうか。今宵(こよい)の話については教えておるのだな?」  「えぇ……ですが、私の口から申し上げるのもなんではございますが……」  「なんじゃ。言うてみよ」  「琴姫様はどうも心ここにあらずと申しましょうか……この茅の(まなこ)には今ひとつ此度(こたび)の婚儀に対して身が入っていないように。そもそも、私どもは琴姫様がお身体の弱々しい手弱女(たおやめ)とお聞き致しておりましたが、その話がどうも解せませぬ。朝は薙刀(なぎなた)のお稽古に存分にお励みになられ、昼餉(ひるげ)はご飯を三杯もおかわりしてお食べになられておりまする。先程などは、殿様の側室の子らと走り回って遊んだかと思えば、食後の運動に丁度これが良いのじゃとか、いつもやってることじゃとかなんとか言うて、東庭に生えている大木によじ登ろうと。勿論、大切なお身体ゆえ、お止め頂くようお(いさ)め申し上げましたが……隣国の姫君とは、あのような御方が手弱女と呼ばれるのでございましょうか?茅には理解が追いつきませぬ……」  そこまで神妙(しんみょう)に答えていた茅の言葉を聞いていた有禅が突然高らかに笑い、茅は驚きのあまり目を見開いた。見開いたはものの、あまりにも細い(まなこ)の為、有禅には全く気づかれていない。  「有禅、様?」  「あ……いや、すまぬ。そうかそうか。腹いっぱいに飯を食うたか。いつも通りに振る舞っておるのか。それは良い心がけじゃ。なにしろ今宵は長丁場になるからの。明け方までもつよう精々体力をつけておいてもらわねばならん」  有禅が目を細めてそう言うと、何を想像したのか茅はサッと頬を赤らめた。  琴姫のやつ、相変わらずこの婚儀に乗り気ではないようだのう……まぁ、それもまた一興。  成程、薙刀に木登りか。色々と姫の気に入っていることを聞いてみるとしよう。  八助の頭や背中を撫でながら、有禅は楽しみじゃと呟いた。  
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