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顔面への弾くような痛みの衝撃と共に、有禅は束の間の眠りから覚めた。
「……痛いのぅ」
自分の顔面の上にあるままの華奢な手をゆっくり静かにどけ、眠気眼で鼻の辺りを擦った。
横を向き、頬杖をつきながら隣りを見る。
――確かに、夕べは琴姫用に敷かれてあった布団の上に寝かせたのだがな……飛び出してここまでくるくると回ってやって来たのだろうか。
いつの間にやら、自分のすぐ傍らでくうくうと眠っているあとげない琴姫の寝姿を見て、有禅はフッと笑みを零した。
「真冬の時の八助と一緒じゃな」
有禅が呟きながら琴姫の髪を掬って、その髪の艷やかさを何度か指で滑らせて確認していると、うにゃうにゃと呟きながら有禅の方を向いた琴姫が目を覚ました。
「すまぬ。起こしてしまったか?」
琴姫の目線丁度の位置に自らも横たわり、有禅はまじまじと琴姫を見つめた。
「その様子じゃと、少しは眠れたようだのぅ」
琴姫は有禅と目を合わせたまま、暫しの間時が止まったように固まっていた。それからほどなくして状況を察したのか、その顔はみるみる間に真っ青になった。
「も、申し訳ございませぬっ!」
「良い……まだ起きずとも。そのままで構わぬ」
そのまま慌てて身を起こそうとした琴姫の肩を押さえ、やんわり止める。
そして、ですが……と困り顔の琴姫の頭に手を伸ばすと、有禅は八助を撫でつける時のように優しい手つきで撫でた。
「そうじゃ、琴姫よ。今日は二人で城を抜け出すとするか?城下町散策じゃ」
「え?」
まさかの提案に多少戸惑う琴姫の表情ながら、その顔は明らかに華やいで見えた。
「大切な婚儀の前に、そのように振る舞ってもよろしいのでしょうか?」
「構わぬ。民の生活をそなたと同じ目線で見たいと思うての。ついでに平たい団子でも食べに行こうではないか。食べとうないか?」
「いえ、それは勿論食べとうございます」
「よし、ならば参ろう」
「はいっ。楽しみにございますっ!特に団子が」
「ハッハッハ。儂もじゃ」
横たわったまま、自分のことを曇りなき眼で真っすぐに見つめ返してくる琴姫の頭を撫でながら、有禅は笑顔で頷いた。
――終――
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