今宵、ポロンクセマの秘事にて〜若君side〜

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 *  顔面への(はじ)くような痛みの衝撃と共に、有禅(ゆうぜん)(つか)()の眠りから覚めた。  「……痛いのぅ」  自分の顔面の上にあるままの華奢(きゃしゃ)な手をゆっくり静かにどけ、眠気眼(ねむけまなこ)で鼻の辺りを(さす)った。  横を向き、頬杖をつきながら隣りを見る。  ――確かに、夕べは琴姫用に敷かれてあった布団の上に寝かせたのだがな……飛び出してここまでくるくると回ってやって来たのだろうか。  いつの間にやら、自分のすぐ(かたわ)らでくうくうと眠っているあとげない琴姫(ことひめ)の寝姿を見て、有禅はフッと笑みを(こぼ)した。  「真冬の時の八助(はちすけ)と一緒じゃな」  有禅が呟きながら琴姫の髪を(すく)って、その髪の(つや)やかさを何度か指で(すべ)らせて確認していると、うにゃうにゃと呟きながら有禅の方を向いた琴姫が目を覚ました。  「すまぬ。起こしてしまったか?」  琴姫の目線丁度の位置に自らも横たわり、有禅はまじまじと琴姫を見つめた。  「その様子じゃと、少しは眠れたようだのぅ」  琴姫は有禅と目を合わせたまま、暫しの間時が止まったように固まっていた。それからほどなくして状況を察したのか、その顔はみるみる間に真っ青になった。  「も、申し訳ございませぬっ!」  「良い……まだ起きずとも。そのままで構わぬ」  そのまま慌てて身を起こそうとした琴姫の肩を押さえ、やんわり止める。  そして、ですが……と困り顔の琴姫の頭に手を伸ばすと、有禅は八助を撫でつける時のように優しい手つきで撫でた。  「そうじゃ、琴姫よ。今日は二人で城を抜け出すとするか?城下町散策じゃ」  「え?」  まさかの提案に多少戸惑う琴姫の表情ながら、その顔は明らかに華やいで見えた。  「大切な婚儀の前に、そのように振る舞ってもよろしいのでしょうか?」  「構わぬ。民の生活をそなたと同じ目線で見たいと思うての。ついでに平たい団子でも食べに行こうではないか。食べとうないか?」  「いえ、それは勿論食べとうございます」  「よし、ならば参ろう」  「はいっ。楽しみにございますっ!特に団子が」  「ハッハッハ。(わし)もじゃ」  横たわったまま、自分のことを曇りなき(まなこ)で真っすぐに見つめ返してくる琴姫の頭を撫でながら、有禅は笑顔で頷いた。          ――終――
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