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夜の帳が降りた空間で、雪峰は花鳥風月を見つめながら一人酒を嗜んでいた。下戸な景晨は早々に潰れたため、客間で寝かせている。雪峰もこのまま寝てしまおうと考えたが、飲み足りなかったため、自室へと場所を移した。
「君は、もう現れないのか?」
闇よりも濃い黒を見つめながら、雪峰は独り言を重ねる。
「君を捨てるべきなんだろう。それが正しいと分かっているのに、実行できないでいる私は愚か者だ」
このまま手元に置いていれば過去の所持者同様、いずれ雪峰の心は壊れてしまうだろう。日が経つにつれ、自分の心は花鳥風月に縛られていくのを感じる。
分かっている。分かっているのに、捨てる事ができない。
「なぜ、捨てれない……」
その時、くすくすと笑声が聞こえた。
雪峰ははっと顔を持ち上げる。揺れ動く墨の世界の中、袖で口元を隠し、笑う娘が浮かび上がる。
「君は!」
画に駆け寄ると、そっと表面に触れた。ざわりとした感触が指先に伝わる。紙ではない感触に、雪峰は驚きながらも娘から視線を逸らせないでいた。
「あなたは、私の事が嫌いだと思っていました」
「そんなことは……」
ない、とは言い切れない。悩んでいても、あれだけ捨てようとしていたのだ。娘からしたら嫌われていると感じるだあろう。
雪峰が唇を噛むと娘は目尻を下げ、そっと手を伸ばしてきた。
「……雨蓉」
境界線越しに、雪峰の手と娘——雨蓉の手が重なった。
「雨蓉と呼んでくださいませ」
微笑を唇に浮かべ、雨蓉は懇願する。
雪峰がその名を口にすれば、微笑は更に艶やかで、輝かしいものへと変化する。名前を呼ばれた、それだけの事で雨蓉は幸せそうに笑った。
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