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大輪の薔薇は、きっと雨蓉に似合う。髪に飾ってもいいし、帯に挿してもいい。目に入るところに飾れば、心も癒されるはずだ。
そう思って購入し、帰宅した雪峰は早々に雨蓉の元へ向かうと花束を差し出した。
「まあ、嬉しいわ」
雨蓉は薔薇を目にするときらきらと無垢な少女のように笑う。
けれど、その笑みは長くは続かない。すぐに目を伏せて、唇を硬く引き結び、何かに耐えるように俯いた。
「……嬉しいけれど、私は触ることができないわ」
次に簪を購入した。澄んだ青玉がいくつも連なった銀製のものだ。薔薇と違って派手さはないが清廉された雰囲気が雨蓉に似合うと思った。
「髪に飾りたいけれど、それは叶わないわ」
悲しみに耐えるように顔を強張らせながらも、雨蓉は笑おうとした。
珍しい果物が輸入されたと馴染みが教えてくれた。南国の果物で鮮やかな見た目からは想像ができないほど、味は甘いらしく、女性達に人気だという。見た目も味も雨蓉を楽しませてくれると思い、購入したが笑ってくれたのは最初だけだった。
花鳥風月の世界には小鳥が多く住んでいると聞いて、雪峰は子犬や子猫を買ってきた。見た目も可愛らしく、あまり見たことがない動物ならきっと気に入ってくれるはずだと思った。
けれど、悲しげに笑うだけだった。
雪峰は思い浮かんだ全てを娘に買い与えたが、娘は気にいることはなかった。日に日に笑みを浮かべなくなり、いつしか涙を流すようになった。
「……どうしたら、笑ってくれる」
金の首飾りに指輪、酒、宝石、花——。
様々なものが散乱する中で雪峰は呆然と言葉を吐き出した。顔を覆ってさめざめと泣く雨蓉の姿を見ていられなくて、視線を落とすと床に転がる酒瓶が目に入る。
西域から輸入されたその酒瓶は保存期間を長くするため硝子が使用されている。艷やかな側面に反射した自分の顔は酷いものだった。色男ともてはやされた美貌はやつれ、目の下には色濃い隈が刻まれている。髪も伸びっぱで、無精髭を生やした姿は雪峰を知る人間から見れば悲鳴をあげるほど酷いものだ。
雪峰は自分の頬に触れた。肌も荒れて艶もない。こんな浮浪者同然の姿、雨蓉は嫌いだろう。
そう思っても行動することはできない。
雨蓉のそばから離れたくない。
雪峰は体を丸め、子供のように泣いた。気がつけば花鳥風月が雪峰の手渡ってから一月が経とうとしていた。
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