二度目の初めまして

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 そんな平日の昼、私は娘を車に乗せて久しぶりにスーパー以外の場所に向かっていた。  理由は単純で、無理解な夫と朝から喧嘩して部屋を飛び出したから。  ……もう。本当にダメなのかもしれない。  目的もなく車を動かしていると、前方より見えてくるのは懐かしい景色。  気付けば私は、生まれ育った街並みに心安らいでいた。  私の実家は田舎で、過疎化が進んでいる。  それに伴い子どもも少なくなっていると聞いていたので、昔遊んでいた公園に向かうことにした。  案の定、昼間なのに子どもは誰もおらず周辺の家もなくなっており、よく公園を残しておいたなと思う。  だけど、突然スイッチが入る娘も安心して連れて来ることが出来た。 「ぎゃああああ!」  車から降りた途端に、地面に寝そべり手足をバタバタさせる娘。  やっぱり、そっか。でも今日は気楽だ。誰もいないから。  同世代もいない。  比べなくて良いのって、こんなに楽なんだな。  だけど私の心は、ずっとザワザワしている。  撤去された遊具がそこにないこと。  公園を囲むように佇んでいた家屋がないこと。  いつも見ていた時計がないこと。  そうだ。あの頃の私もそうだった。  物の配置が変わることがすごく怖くて、他の人がいつもと違う行動をするのが耐えられなくて、予期せぬことが突然起こると泣きたくなるぐらいに頭の中が混乱して。  そして私は、そのことを誰に話しても理解してもらえなかった。  辛い記憶は生きていく為に上書きされ、いつの間にか忘れていた幼少期の記憶だった。  あの頃。私は笑っていたけど、心では不安な感情に支配されていた。  誰にも理解されない苦しみに、本当は泣き叫びたかった。  真美。あなたもそうだったんだね。  辛かったね。  ごめんね。  誰にも理解してもらえないのが、いかに辛いかを分かっていたのに。 「帰ろう、真美」  私は少し落ち着いた娘にそう声をかけた。  しかし滑り台を見るその目は。 「やりたいの?」 「うん」 「ちょっと待っててね」  私は耐久性を確認した上で、「いいよ」と答えた。  すると勢いよく滑ってしまい、また「ぎゃああああ!」と泣き出す娘。  しまった。最初から一番上から滑らすのはハードルが高過ぎた。  真ん中ぐらいから滑らせていれば。  そう後悔する私。  少し落ち着いた真美は自ら滑り台の階段を登って行き、また滑る。  今度はどうなるか分かっているから、滑った後はニコニコ。  初めは怖くても、経験を積めば怖くなくなるんだね。  何度も滑り台で遊び、次はブランコに興味を持った為に、また耐久性を確認して一緒に乗る。  今までは大声で泣くからとすぐに連れて帰っていたから、慣れることが出来なかったんだね。  本当は遊びたかったよね。  ごめんね。ごめんね。  これから居場所を作ろうね。  今なら保健師さんが言っていた意味が分かる。  社会で生きていくのは、誰かに合わせること。  そこには想定外のことも、問題もいっぱい。  そんな世界で生きていくには、自分の中で折り合いをつけていかなければならない。  その為の訓練を、今から頑張らないといけないんだね。  車を休憩所で停めた私は、眠っている娘を横目にスマホを操作して耳に当てる。 「もしもし。保健師の細田さん、お願いします」
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