泉の底

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泉の底

「ナダ、見つけたよ。探してるもの」  帰り道に仕留めた獲物を数匹持ち帰り、ナダに渡しながら難しい顔でそう告げる。 「そうか。どうだった?」  ナダはさして驚きもせず、返す。 「泉の底にいて、結界みたいなのが張ってある。俺は魔導士じゃないからどうすればいいかわからない。少なくともアディの火球ではどうにもならなかったよ」 「だろうね」  ナダが肩をすくめる。 「なぁ、あれって……」  水底にいるのは、男。人間のように見えるが、実際どうかはわからない。ナダと同じように、人間離れした美しい容姿だった。 「結界を張った張本人はもういないんだ。ある魔物に術を掛けて結界を持続させている。そいつを捕まえてほしいんだ。結界を解けばあいつは勝手に目覚めるはず」  昔を懐かしむような眼で、ナダ。 「ナダは強いだろ? なのにその魔物を捕まえることは出来ないのか?」  リオンが問うと、 「結界は一つじゃないのさ」  肩をすくめ、ナダ。 「え?」 「私はあそこまで行けない。残念ながら」 「ええっ?」 「色々話していないこともある。これから話すよ」  少し悲しげな眼でそう言うと、持ち帰った獲物をひょいと担ぎ上げ、中に入っていった。 *****  三日前、ナダが話した『頼みたいこと』は、ある男の捜索だった。なんでも、ナダの相棒のような人物で、森のどこかにいるはずだと。実際、今日リオンが見つけた男は湖の底にいた。結界が張ってあり、泉の中に入ることはかなわなかった。 「結界を解くにはあの鳥を捕まえなくてはならないだろうな」  腕を組みそう告げるナダ。 「その鳥っていうのは?」  リオンが訊ねる。 「イルミナルク。そう呼ばれている古の鳥だ。強い力で守られている。だから二人の力が必要になる」 「つまりそれって、鳥を守っている力を何とかするのが私で、鳥を捕まえるのがリオン様、ということですか?」  じっと話を聞いていたエルフィが質問を被せる。 「そういうことだね」 「テイムしろってことなのか?」 「そうだよ。殺してしまったらそこで終わりだ。あくまでもイルミナルクを支配下に置くことが目的だから」 「鳥を守ってるものっていうのは?」  不安げに、エルフィ。 「おそらくアンデッド。でも魔剣があるから物理攻撃も大丈夫なはずだよ」 「なるほど……」  エルフィがグッと拳を握る。 「そいつもこの森に?」  リオンが眉をしかめた。そんな危険なものがいるのだとしたら、もっと用心して歩かなければならない。 「いや、それが分からないんだ」 「へ?」 「は?」  エルフィとリオンが同時に声を上げる。 「わからない、って」 「エルフィ、そんな顔しないで。……って、そりゃそんな顔になっちゃうよな。実はどこにいるかわからないんだ。今は、ね」  含みのある言い方で、ナダ。 「意味深な」 「ふふ、ごめん。さっきも言ったけど、結界はこの小屋の周りにも張ってある。私の行動範囲、実はとても狭いんだよ。で、試したかったいくつかのことを二人に託したい」 「試したかったことって、なんです?」 「魔剣を持って、森を出てほしいのさ」  ナダが言うには、魔剣は強い相手を見つける能力があるらしい。結界の外に出れば、あとは魔剣が導いてくれる、もしくは向こうからやってくるのではないか、という事だった。 「そいつは、見た目は人間のように見えるはずだ。そして必ず鳥を連れている。手のひらサイズの黄金の鳥だよ。イルミナルクは尾が長くてとても美しい鳥なんだ」 「なるほど、手がかりはそれだけか」  魔剣が導いてくれる……かどうかは、ハッキリ言って疑わしいところだ。どこにいるかわからない相手が、向こうからやってきてくれるのを願うしかない。 「リオン様、とにかくやってみましょう!」  グッと拳を握り締め、エルフィが強い口調で言う。使命感に燃えている感じだ。 「そうだな、いくら頭で考えたところで、答えが出るわけじゃないしな」  リオンが頭の後ろで手を組み、天を仰いだ。 「二人とも、感謝するよ」  ナダが笑顔で礼を述べる。 「ところで」  エルフィがコホン、と咳払いをして、ナダに向き直る。 「聞いておきたいのですが」 「ん? なに?」 「その男性というのは……その、ナダ様の恋人……ですか?」 「ゴフッ」  咽たのはナダではなく、リオンである。 「あの男かい? 恋人だなんて言うと、ちょっと居心地が悪い。腐れ縁って言った方がしっくりくるな」 「そうですか」 「エルフィはそういう話に興味があるの?」  にまにましながらエルフィを見るナダ。 「あ、いえ、その……」  モジモジするエルフィと、そんなエルフィを見てドキドキするリオン。 「剣だけじゃなく、男女間のことも教えた方がいいのかなぁ?」  チラ、とリオンを見遣る。 「変なことは吹き込まないでくれよっ」  ガタン、と席を立ち客間に戻って行くリオン。その後ろ姿を見、ナダが 「あいつ、年齢の割に経験浅いんだな」  と呟いた。 「あの、私も……その、男性とお付き合いとかしたことがなくて、ですね。なにしろ仮面を付けている時は男としてやってましたし」  モジモジしながら、エルフィ。 「うん、それで?」  にまにましたまま、先を促す。 「リオン様と……その、どうしたら夫婦っぽくなるのかが、わからなくて」 「そうだなぁ、リオンも女性の扱いに慣れてないみたいだしなぁ」  頬杖を突き、客間のドアを見る。 「でも、お互いをきちんと尊重し合って一緒にいるみたいだし、焦らなくてもいいんじゃないか? というか、エルフィよりリオンの方が焦っているのかな?」 「えっ?」  エルフィが驚く。 「あのむっつりスケベ、ここ数日、エルフィと仲良くしたくて仕方ない、って感じじゃない?」 「そ、そうですかぁぁ?」  顔を真っ赤に染め、俯くエルフィであった。
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