魂の解放

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魂の解放

 何とか、近付かなければならない。  エルフィは距離を詰めるべく、アンデッドに向かって走った。  男が両手を広げる。パン! という乾いた音と共に発せられる、なにか。その衝撃を横に飛び退いて、避ける。 「ちょこまかと煩いなぁ。お前、ただの人間だろ? ナダリア・マルス・ゲレンドーラやマキアルス・ウィリ・ベテルゼンとは格が違うよ。お前みたいな虫けら、俺に勝てるわけないじゃん」  抑揚はないのに、バカにされてることは嫌というほどわかる。彼はあの二人を封印するための道具に過ぎないが、その、封印している人物に対しての敬意は忘れていない。これは古き時代の習慣。力あるものには相当の礼賛を、というものだろう。 「それはどうかな?」  エルフィは口の端を少し上げると、剣を握り直す。と、勢いを付けて飛ぶ。 「アディ!」  クルルァ~  エルフィの声に反応し、アディが火焔を放った。 「え? ええ? なんでっ」  リオンは慌てふためいた。テイムした魔獣が主人以外の命令を聞くことなど、ないに等しい。ましてや戦闘の最中に。しかしアディはまるでエルフィのしようとしていることが分かるかのように、応える。  アディの火焔が男の足元に落ちる。一瞬気を取られる、その僅かな隙をついてエルフィが斬りかかった。  ザシュ、という音と、落ちる、腕。  イルミナルクがいない方の腕を狙ったのだ。  驚いたイルミナルクが飛び立つ。 「今だ! シア、アディ、行け!」  またしてもエルフィが命を下す。しかし具体的には何も言っていない。が、二匹の魔獣は全てわかっているかのように陸と空からアンデッドに襲い掛かる。エルフィも続いた。 「バカな! お前はテイマーではないだろうっ? なぜ魔獣を動かせるっ? あのテイマーは強くない! だから、問題ないとっ、」  アディからの火焔を受け、焼ける体。シアの牙に引き裂かれる体、両手を広げようとして、片腕がないことに気付く。 「再生も出来ないっ。くそっ、魔剣め!」  悔しそうに顔を歪ませた。 「あるべき姿に戻りなさい!」  エルフィが叫ぶと、横一文字に剣を凪ぐ。  スパンッ  アンデッドの首を刎ねる。 「何故っ! 何故だ!」  首を刎ねられてもなお、悔しがる男。 「甘く見ていたようだが、リオン様の魔獣は優秀なんだ。それに、私もね!」  にっこり微笑んで言い切った。 「まさかこの私が、こんなにあっけなく……」  さらさらと消えてゆく。まるで初めから何もなかったかのように、そこには、塵一つ残ってはいない。  これで彼は自由になれたのか、それはわからない。が、少なくとも、もう利用されるだけの操り人形ではなくなるのだ。消えてしまうことにはなったが。 「リオン様、イルミナルクを!」  エルフィに言われ、はっとする。そうだ、鳥! 「任せろ!」  木の枝に止まっている金色の鳥に向け、魔法陣を描く。 「汝の名はハディレニシルダ。我がリオン・レミエル・メイナーの名において汝をテイムする!」  リオンがイルミナルクに向かって宣言する。魔法陣が光り、イルミナルクがテイムされた。 「よし!」  リオンが拳を握り締めた。 「やりましたね、リオン様!」  エルフィが魔剣を鞘に納め、駆け寄った。 「エルフィのおかげだよ。大丈夫か?」 「ええ、私は大丈夫です」  さっきまで剣を振り回していた嫁は、可愛らしい笑顔を見せた。しかし……、 「いつの間にアディとシアをあんな風に使えるようになってたんだ?」 「あ、それは、」  少し恥ずかしそうに顔を伏せる。 「シアもアディも、私を同類だと思っているのです」 「……は?」 「シオン様に仕える魔獣だと思っているようでして」 「えええ!?」  テイムされた仲間だと認識している、ということか。 「だから、協力的なんです」  そんな理由、あるのだろうか? 赤竜やブラックドッグが人間を仲間だと思うのかは到底疑わしいのだが……。 「あ、それってもしかしてエルフィの祖先が関係してるのか?」  遠い昔のこととはいえ、どうやらエルフィには魔物の血が流れている。もしかしたらシアやアディにはそれが感じられるのかもしれない、と考えたのだ。 「かもしれませんね」  ふふ、とエルフィが笑った。 「それより、これで無事にイルミナルクをテイム出来ました。ナダ様のところに戻りましょう、リオン様」  エルフィがリオンの腕を掴み、森を見た。  封印を解くカギである鳥を、手に入れたのだ。 「そうだな。ハディをどうすれば封印を解くことができるのか、教えてもらわないと」  ハディレニシルダ、と名付けられた金色の美しい鳥は、リオンの肩にちょこんと乗っている。 「こいつの生態も調べなきゃならないな。見たことも聞いたこともない鳥だ」 「古の鳥、って言ってましたもんね」  古い文献を漁るなら、国境を越えなければならないかもしれない。 「まずはナダに話を聞こう」  二人と三匹は、元来た道を急いで引き返すことにしたのである。
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