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ダンジョンへ
翌日、リオンは早朝に起き出し、早々に身支度を整える。
誰にもバレないよう、屋敷を抜け出すと、あの場所へ……そう、ダンジョンへと足を向けようというのである。
というのも、例の球体……卵の孵化が始まっている。早急に用意しなければいけないものがあるのだ。
「竜の魔石、か」
今までもダンジョンには何度となく入っている。ギルドを通して冒険者を雇うこともあれば、一人で出向くこともある。一応こちらにはブラッグドッグ……シアヴィルドがついているし、自分はテイマーなのである。レベルの高い魔物が出るような場所でなければ何の問題もない。
だが、今回は……。
竜の魔石を手に入れるというミッションはなかなかハードだ。シアだけで狩れる相手ではないので、今回は冒険者を雇うことにした。
『とっておきの人物をご紹介します』
その人物は、仮面の騎士と呼ばれていた。ギルド内では時の人である。強くてカッコいいと、女性を中心に人気沸騰らしい。
……とのことだったのだが、今、ギルドにいるのは、小柄な少年だけ。おかしなお面を付けた少年、一人きりだったのである。
「……え?」
リオンが少年を指し、ギルドの受付嬢を見遣る。
「まさかこのちっこいのが『仮面の騎士様』なのか?」
「Aランクの冒険者、仮面の騎士様こと、フィネスさんです」
ニコニコしながら紹介される。
「Aランク!?」
見習いにも満たないような体なのに、まさかのランクを突き付けられる。
「あなたは人を見た目で判断するタイプ?」
口元を歪ませ、フィネスが皮肉めいた風に言った。
ちなみにフィネス、は、エルフィのギルド登録用の名前である。良家の令嬢が本名で剣を振り回すわけにもいかないので、登録時に名前と性別を偽ったのだ。
「あ、いや、すまない。まさか君みたいな少年が来ると思ってなくて」
「いいけどね、いつものことだ」
「フィネスさん、こちらはテイマーのレミエルさんです。今日はダンジョンの奥の方まで向かわれるということなので、ご協力お願いします」
レミエルはリオンのミドルネームだった。普段使うことのないこの名前を、リオンはテイマーとして動く時に、あえて使っている。
よって、お互い目の前の人間が結婚相手だとは夢にも思っていない。
「狙いは地竜なんだが?」
「問題ない」
こうして二人は、一緒にダンジョンへと潜ることになったのである。
*****
「それで、もうすぐ孵化しそうなんだ」
ダンジョンの扉を潜る。
だらしなく顔をニヤつかせ、可愛い卵について語るレミエルを、不思議な生き物を見るような気持で見つめるフィネス。
「テイマーというのは、皆そうなのか?」
ふと気になって、訊ねる。
「ん? なんだ?」
「皆そんな風に、動物好きなのか?」
「ああ、そうだな……まぁ、八割方はこうなんじゃないかな」
適当に答える。
「結婚したら……奥さんより動物を愛する感じなのかな?」
「はぁ?」
おかしな質問に、若干動揺をしてしまう。
「あ、いや、これは知り合いの話なのだが、今度テイマーとの結婚が決まったらしくて」
エルフィは、冒険者として色々な職業の人間と関わったが、実はテイマーという職業にだけはまったく関わりを持っていないのだ。結婚相手がテイマーだと知り、少し情報を仕入れておこうと思ったのである。
「ああ、知り合いの話か。そうだな……まぁ、これはテイマーとしての一般論なんだが、正直テイムしている動物たちは可愛いし、テイマーは自分の仕事に熱心なやつが多い気がする。あとは、奥さんになる人とテイムした子との相性だろうな」
「相性か」
「奥さんが動物好きであれば、夫婦仲に溝は出来ない気がするが」
「なるほど」
尤もだな、とエルフィ。
「……俺からも質問いいか?」
「なんだ?」
「お前、なんで仮面なんか被ってるんだ? 顔を出せないわけでもあるのか?」
ギクッ
「そ、それは、その、ああ。昔の傷がっ、そう、傷があって、それを見られたくないんだ」
適当に答える。
「なんだよ男のくせに、傷なんか気にしてるのか」
はは、と笑うレミエルを睨み付ける。
「男のくせに、か。本当にそうだったらどんなにかっ、」
ああ、これはただの愚痴だ、と自分を戒める。
自分が男だったら、仮面など付ける必要もなかった。もっと堂々と活動できただろう。好きなだけ、剣を振るえただろう。今日、この仕事を最後に、もう自分は剣を振るうことは出来なくなるのだ。女が結婚するということは、そういうことだ。
「どうした?」
俯いたフィネスに、レミエルが声を掛ける。
「なんでもない。これが最後の仕事になるんだと思うと、少し感傷的になってしまうな」
「え? なんでっ? Aランク冒険者なのに、この仕事辞めるのか!?」
信じがたい話である。
「私はっ、続けたい……のだが、」
「なら、どうして?」
「環境がそれを許してくれない……から」
悔しいが、遅かれ早かれこの『時』は来るとわかっていた。仕方のないことだ。
「勿体ないな」
ぽつり、と呟くレミエル。そして、話題を変えようとしたのか、おかしなことを口走る。
「そう言えば、これは知り合いの話なんだが」
「なんだ?」
「親に言われて結婚をしなければいけなくなったんだ。相手は肖像画から適当に選んだ相手らしい。うまくやっていく秘訣とかってあるのかねぇ」
相手は年端も行かぬ少年。こんなことを言っても仕方ないのだろうが、つい口をついて出てしまった。
「愛のない結婚…か。まぁ、うまくやっていきたいのなら、相手のいいところを探して、お互いを尊重し合っていくしかないんじゃないか?」
「お! いいこと言うな、若いのに!」
「あんたはいい年して子供っぽいな」
軽口を叩き合いながら進む。
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