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孵化
「気付いているか?」
レミエルが訊ねる。
「勿論だ。今日は少し、変だと思う」
フィネスが答えた。
このダンジョンには何度か来たことがあった。入り口を入ってから、ここまで、魔物が一匹も現れない。こんなこと、普通はないのだが。
「ワームもゴブリンもいない。なぜだ?」
「こいつのせいなのかな」
レミエルが懐から卵を取り出す。
「竜の卵! 持ってきたのか!?」
「いつ孵化するかわからんからね」
なるほど、竜の気配を感じるから、小者は身を潜めているということか。
「そういうことなら、とっとと先へ進もう」
奥へ進むにつれ、どんよりと重たい空気が流れ、緊張感が高まる。
「そろそろ来るぞ」
フィネスの一言を聞き、レミエルが宙に魔法陣を描く。
「召喚……シアヴィルド!」
金色に光る魔法陣から大きな黒い獣が姿を見せる。
「ブラックドッグ!?」
驚くフィネス。
ブラックドッグと言えば、闇の生き物だ。ダンジョンなどでは難度高めの敵でもある。目が合ったら最後、命を落とすという不吉なジンクスまである生き物なのだ。
ここまでレベルの高い魔物をテイムしているとは、正直驚いた。ふにゃふにゃした変な男ではないのかもしれない、と今更思い直す。
グァオオゥ
遠くから魔物の鳴き声が聞こえる。
卵の……竜の気配に気付いて反応したのかもしれない。
これは、間違いないだろう。
「竜がいる」
フィネスの言葉を聞き、レミエルの顔がパッと晴れる。
レミエルは傍らに控えるシアヴィルドの鬣を撫でた。
「行けるな?」
グルルル、
レミエルの言葉に、シアが応えた。
「援護する!」
フィネスが剣を構え、言った。
「来る!」
竜が姿を現す。こげ茶色の、中型サイズ。
「地竜だ!」
レミエルが声を上げる。
「シア、やつを攪乱させろ!」
レミエルの命を受け、シアヴィルドが駆ける。岩場を利用し大きく飛ぶと、地竜の首に食らいつく。
「よし、いいぞ!」
しかし地竜も大人しくしてはいない。大きく右に、左に首を振ると、シアを振り落としにかかる。
このままではダメだ!
フィネスは地竜の元へ駆け出す。
足元近くまで行くと、フィネスに気付いた地竜が足を上げた。そのままフィネスを踏みつけようというのだ。
「そうはいかん!」
フィネスは降りてくる地竜の足を迷いなく切り落とした。バランスを崩した地竜が、倒れる。
「シア、離れて!」
思わず叫ぶ。と、シアがその声に反応するようにくらいついていた首を放し、飛んだ。フィネスは倒れ来る地竜の体を足場に大きくジャンプし、全体重をかけ首を狙う。
「悪く思うな!」
そう言いながら、剣を振り落とす。
スパン! という音を立て、地竜の首を刎ねる。と同時に、地竜の体がキラキラと輝き出した。そして小さなアンバーの石だけが転がったのだ。
「……やりやがった」
レミエルが呟く。
激しく息をしながら、剣を薙ぎ払う仮面の少年は、確かに絵になる。女性たちが騒ぐのも、なんだか頷けた。
「すごいな、お前。やっぱりこれが最後の仕事だなんて勿体ないぞ。続けろよ」
素直に褒めちぎると、フィネスは複雑な顔を向けた。
「あ!!」
急に大きな声を出され、思わず腰の剣に手を伸ばすフィネス。
「生まれそうだ!」
懐からそっと卵を取り出すレミエル。見ると、殻にひびが入っている。
「ああ、いよいよ生まれるんだなぁ」
跪き、卵を抱えるように抱く。
「すごいな。初めて見る」
竜の卵を見たのも初めてだが、誕生の瞬間も初めてだ。
「来るぞ…、そうだ、頑張れっ」
パリパリ、と殻が壊れていく。中から出てきたのは、白い、竜。
「さ、魔石だ」
さっきの地竜が落とした魔石を与える。と、白かった体の色が変化してゆく。
「色が、変わる!?」
「汝の名はアディリアシル。我がリオン・レミエル・メイナーの名において汝をテイムする」
「へっ?」
フィネスが目をぱちくりさせた。
(今、なんて?)
クルルルルァ~
竜が、鳴いた。そしてその体は、赤へと変化したのである。
「おお、お前は赤竜なんだな、アディ!」
早速愛称で呼ぶと、手の上の赤竜は小さな羽をパタパタと動かして見せる。
「はぁぁ、可愛い。可愛いなぁ。シアも挨拶してごらん?」
ブラックドッグに、赤竜。
「ドラゴンテイマー……」
ふと、口にする。
「長年の夢だったんだ。やっと叶ったよ。ありがとうな、仮面の騎士様」
立ち上がり、右手を差し出す。その手を握り返し、訊ねる。
「リオン・メイナー?」
「ん? ああ、そうだが」
「そうか」
複雑な気持ちだった。
フィネスとしての最後の仕事が、これから夫になる人物の依頼だったとは。
ああ、そうかつまり『知り合いの話』は自分のことなのか、とわかる。
(自分の……?)
「肖像画から適当に選んだぁ!?」
さっきの言葉を思い出し、つい、叫んでしまう。
「ええっ? なんだ急に」
驚くレミエルに、しかしそれ以上何も言えず。
「あ、いや、なんでもない。なんだか急にさっきの話を思い出して」
眉間に皺を寄せ、誤魔化す。
「おかしなやつだな。ああ、それより、ひとつ提案があるんだが!」
ピッと指を立て、レミエルは悪戯っ子のように、笑った。
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