孵化

1/1
前へ
/18ページ
次へ

孵化

「気付いているか?」  レミエル(リオン)が訊ねる。 「勿論だ。今日は少し、変だと思う」  フィネス(エルフィ)が答えた。  このダンジョンには何度か来たことがあった。入り口を入ってから、ここまで、魔物が一匹も現れない。こんなこと、普通はないのだが。 「ワームもゴブリンもいない。なぜだ?」 「こいつのせいなのかな」  レミエル(リオン)が懐から卵を取り出す。 「竜の卵! 持ってきたのか!?」 「いつ孵化するかわからんからね」  なるほど、竜の気配を感じるから、小者は身を潜めているということか。 「そういうことなら、とっとと先へ進もう」  奥へ進むにつれ、どんよりと重たい空気が流れ、緊張感が高まる。 「そろそろ来るぞ」  フィネス(エルフィ)の一言を聞き、レミエル(リオン)が宙に魔法陣を描く。 「召喚……シアヴィルド!」  金色に光る魔法陣から大きな黒い獣が姿を見せる。 「ブラックドッグ!?」  驚くフィネス(エルフィ)。  ブラックドッグと言えば、闇の生き物だ。ダンジョンなどでは難度高めの敵でもある。目が合ったら最後、命を落とすという不吉なジンクスまである生き物なのだ。  ここまでレベルの高い魔物をテイムしているとは、正直驚いた。ふにゃふにゃした変な男ではないのかもしれない、と今更思い直す。  グァオオゥ  遠くから魔物の鳴き声が聞こえる。  卵の……竜の気配に気付いて反応したのかもしれない。  これは、間違いないだろう。 「竜がいる」  フィネス(エルフィ)の言葉を聞き、レミエル(リオン)の顔がパッと晴れる。  レミエル(リオン)は傍らに控えるシアヴィルドの(たてがみ)を撫でた。 「行けるな?」  グルルル、  レミエル(リオン)の言葉に、シアが応えた。 「援護する!」  フィネス(エルフィ)が剣を構え、言った。 「来る!」  竜が姿を現す。こげ茶色の、中型サイズ。 「地竜だ!」  レミエル(リオン)が声を上げる。 「シア、やつを攪乱させろ!」  レミエル(リオン)の命を受け、シアヴィルドが駆ける。岩場を利用し大きく飛ぶと、地竜の首に食らいつく。 「よし、いいぞ!」  しかし地竜も大人しくしてはいない。大きく右に、左に首を振ると、シアを振り落としにかかる。  このままではダメだ!  フィネス(エルフィ)は地竜の元へ駆け出す。  足元近くまで行くと、フィネス(エルフィ)に気付いた地竜が足を上げた。そのままフィネス(エルフィ)を踏みつけようというのだ。 「そうはいかん!」  フィネス(エルフィ)は降りてくる地竜の足を迷いなく切り落とした。バランスを崩した地竜が、倒れる。 「シア、離れて!」  思わず叫ぶ。と、シアがその声に反応するようにくらいついていた首を放し、飛んだ。フィネス(エルフィ)は倒れ来る地竜の体を足場に大きくジャンプし、全体重をかけ首を狙う。 「悪く思うな!」  そう言いながら、剣を振り落とす。  スパン! という音を立て、地竜の首を刎ねる。と同時に、地竜の体がキラキラと輝き出した。そして小さなアンバーの石だけが転がったのだ。 「……やりやがった」  レミエル(リオン)が呟く。  激しく息をしながら、剣を薙ぎ払う仮面の少年は、確かに絵になる。女性たちが騒ぐのも、なんだか頷けた。 「すごいな、お前。やっぱりこれが最後の仕事だなんて勿体ないぞ。続けろよ」  素直に褒めちぎると、フィネス(エルフィ)は複雑な顔を向けた。 「あ!!」  急に大きな声を出され、思わず腰の剣に手を伸ばすフィネス(エルフィ)。 「生まれそうだ!」  懐からそっと卵を取り出すレミエル(リオン)。見ると、殻にひびが入っている。 「ああ、いよいよ生まれるんだなぁ」  跪き、卵を抱えるように抱く。 「すごいな。初めて見る」  竜の卵を見たのも初めてだが、誕生の瞬間も初めてだ。 「来るぞ…、そうだ、頑張れっ」  パリパリ、と殻が壊れていく。中から出てきたのは、白い、竜。 「さ、魔石だ」  さっきの地竜が落とした魔石を与える。と、白かった体の色が変化してゆく。 「色が、変わる!?」 「汝の名はアディリアシル。我がの名において汝をテイムする」 「へっ?」  フィネス(エルフィ)が目をぱちくりさせた。 (今、?)  クルルルルァ~  竜が、鳴いた。そしてその体は、赤へと変化したのである。 「おお、お前は赤竜なんだな、アディ!」  早速愛称で呼ぶと、手の上の赤竜は小さな羽をパタパタと動かして見せる。 「はぁぁ、可愛い。可愛いなぁ。シアも挨拶してごらん?」  ブラックドッグに、赤竜。 「ドラゴンテイマー……」  ふと、口にする。 「長年の夢だったんだ。やっと叶ったよ。ありがとうな、仮面の騎士様」  立ち上がり、右手を差し出す。その手を握り返し、訊ねる。 「?」 「ん? ああ、そうだが」 「そうか」  複雑な気持ちだった。  としての最後の仕事が、これから夫になる人物の依頼だったとは。  ああ、そうかつまり『知り合いの話』は自分のことなのか、とわかる。 (自分の……?) 「ぁ!?」  さっきの言葉を思い出し、つい、叫んでしまう。 「ええっ? なんだ急に」  驚くレミエル(リオン)に、しかしそれ以上何も言えず。 「あ、いや、なんでもない。なんだか急にさっきの話を思い出して」  眉間に皺を寄せ、誤魔化す。 「おかしなやつだな。ああ、それより、ひとつ提案があるんだが!」  ピッと指を立て、レミエル(リオン)は悪戯っ子のように、笑った。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加