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白いソファに座り、ブラウン管テレビの画面を睨む。
映し出されるは下界の様子。人間達の生活模様。
創造の神である自分と似通った姿の者達。愛すべき我が子達。
しかし、その愛する者達は、いつの世も争いを止めない。
広大な大地の一部では平和に暮らし、知識を蓄え、技術を研ぎ、発展の為に団結して尽力する。その末に幸福と娯楽を享受する。素晴らしいサイクルを形成している。
だが、ひとたび大地の末端へ目を向けてみれば、紛争と飢餓、差別と暴力が顔を出す。
これでは真の世界平和とは言えない。バランスが悪い。不平等である。特定の地域と立場の者達だけが栄え、それ以外の者達は喘ぎ苦しむしかないなど、心が痛む。
この問題を解決したい、と思った。
誤りの部分を正し、偏る苦痛を取り払いたいと。
何から手を付ければ良いだろう? 相応しい方策とは?
「碩学の天使。来てくれ」
天界の更に上層、蒼の空へと声をかける。
「はい、既に御傍におります」
横へ視線をやると、同じソファに姿勢良く腰掛けた碩学の天使の姿があった。
「君は、いつも早いね」
「天使ですから」
彼女はそう応えて微笑む。
「相談があるんだ。これを観てくれ。人間達が争っている。百年前と比較すれば沈静化傾向だし、文明も発展して、平等・救済意識にも富み、武力での解決でなく、話し合い・取引・交渉を主軸に据えて、和平を維持するよう努めている」
「そのようですね。過去数百年に渡り、あれだけの犠牲を出したのですから、頭に脳みそが入っているなら、そろそろ学習する頃合いだとは思っておりました」
「なんて言い草だ。間違っても人間達の前で、同様の発言はしないでくれ」
「心得ております」
天使は微笑んでから、優雅にこうべを垂れた。ただし、ほんの数インチだけだ。
「それでも未だ、争いは絶えない。これはどうしてだろう? どうすれば人類は争うことを止め、真の平等な世界を構築し、穏やかに生きてゆけるだろう? その解答に辿り着くための助言を、賢い君から貰いたい」
「どうすれば争いを止められるか? これは難題です。何故なら、争う理由、闘争衝動というものは、人類個人の数と、ほぼ同等数存在するからです。単なる口論程度で収まり、和解へ移行できる場合もあれば、暴力へ発展し、対立が激化し、派閥が形成され、大規模な衝突、男女での分断、国内での派閥分裂、思想対立、宗教対立、国家対立にまで発展することもあります。大袈裟で愚かな大事へと転換するケースの厄介な点は、始まりはとても小さなきっかけ、どのような者の中にも存在する些事な感情、自らの意見、価値観などの、ものの見方一つであるということ。この欠片が確率的な連鎖を生み出し、派生させ、連続することで、歴史に見る大規模の死を引き起こすのです」
「つまり、争いの根源を辿り、その種から排除しようとしたら、人類の自意識、思考内部にまで干渉する必要がある、というわけだね?」
「はい、おっしゃる通りです」
天使は頷き、言葉を続ける。
「そのような細部に至るまで干渉するおつもりでしょうか? 他者を排除しようとする意識、他よりも優れたいという姿勢、少しだけ得をしたい、利益をかすめ獲りたい、と発想した瞬間から、その者の頭の中に神の御手を突っ込んで掻き回し、許されざる魔性め、平等と平和を害する冒涜者め、滅ぶべき悪徳を即座に棄てよ、罪人を集め固めて肉塊とし、地獄の下底へと放り込まれたいか、と断じて回りますか?」
「いや、あくまで人々が自発的に、平和と平等の世界を目指して行動してくれるような変化が理想だから、こちらから一方的に、意識にまで干渉するつもりはないし、君が述べたような、地獄の番犬も縮み上がるような悪辣な暴言と、骨身に染みるほどの脅迫文言を叩きつけるつもりはないよ」
「あら、そうですか」
「どうして残念そうなの?」
「では、意識改革を促せる材料、成そうと想えるようなきっかけ、その為の心理的余裕を、物理的に作り出してやるのが良いでしょう。具体的には、全人類が求めるものを大量に与えてやれば良いのです」
「どうして、そんなに上から目線なの?」
「天使ですので」
「傲慢だなぁ。しかし、そうか、心理的な余裕を作り出すことができれば、些末な衝突は避けられるし、同族間での対立も抑制できるね。古来より部族や市民、特権階級など、様々な立場の者達が争いを始めた理由に、物資の奪い合い、食料や水の枯渇、財産と定めた物体・資源の奪い合いがあった。これを先んじて与えてしまえば、少なくとも物資の不足に起因する争いは根絶することができる。よし、早速実行だ」
指を鳴らして、創造神の力を行使し、人類が住まう地球に大量の物資を降らせた。
文明が発展している地域には、現金という大量の紙幣をばら撒いた。口座という電子的概念の数字も調整して、あらゆる者達が奪い合う必要のないほどに満たしておいた。
水や食料が不足している地域には勿論、食料と、無限に採水可能な水源を創り出し、医療に困窮している地域には大量の薬品と医師を召喚しておいた。
世界中に現金や物資が降り注ぎ、人々が騒ぐさまを眺めていた天使が、地球がとてもカラフルに染まっていきますね、馬鹿が遊んだルービックキューブみたいです、と発言したので注意する。
「さて、少しばかり時間を進めて、そうだな、ひと月後の様子を確かめてみるとしよう」
指を鳴らしてから、ソファに座り直し、ブラウン管テレビで下界の様子を観る。
隣では、碩学の天使が腰かけて足を組み、顎を上げた姿勢で、共にテレビを覗き込んでいる。
「……おかしいな。どの国も暴力で溢れている。治安は悪化、物価は高騰、国同士の貿易にも問題が起きている。加えて、あれほど降らせた医薬品や食料、生成した水源に至るまで、武力を有したグループが統合されて軍隊化が起き、管理という名の独占を始めてしまっている。力をもって統括を成し、力無き者達から搾取する活動の方が活発だ。なんてことだ。想定していた平等と平和の真逆が起きている。一部の者達が結託してより巨大化し、持つ者と持たざる者の格差が広がってしまっただけだ」
「どうやら、文明都市ではインフレが起きてしまったようですね。調整をしくじった企業や国家が財政破綻を起こし、国民の怒りを買い、暴動が起き、結果的に現金がゆき渡る以前よりも治安が悪化し、人々は不幸に陥っている」
「難しい言葉を知っているね。インフレとは何?」
「インフレーションの略語で、例えば、新たに紙幣という価値を製造し続けると、相対的に、国内でのお金の価値が薄まってしまう、という現象です」
「お金にしても、物資にしても、沢山あればあるだけ良いのでは?」
「いいえ、違います。頭を使う努力をしてください。例えば、目の前にあるこのブラウン管のテレビ、これは一品物ですよね? これ以外にスペアは存在しない。故に希少価値が高い。これがその辺に転がっているようなら、お金を出して買う人はいなくなります。紙幣などの流通貨幣にも同じことがいえるのです。おまけに金銭に関しては、国という概念を跨いで計算されます。国という括りごとに設定されている数字も異なります。両替の過程で差額が生じ、その差額で利益と損失が生まれる。その差異が国家間における価値となるのです。そこへ大量の資金を神の力で増産したらどうなるでしょう? バランスは崩れ、差異は失われる。利益も消えます。文明社会では皆、その利益の為に労働に身をやつす。利益が出ないのなら働く理由も消えます。労働が消えれば文明は維持できず、規範も失われる。暴力で奪い取り、自己を生かす為に他人を排する、そんな常が出来上るのは必然です」
「なるほどね。ただ増やすのではなく、実行前に難しい計算が必要だったわけだ。しまったな」
「いいえ、難しくはありません。計算方法は算数のレベルです。貴方より千歳も若い人間の子供でもできます」
「インフレを考慮しなかった以外の失敗原因は?」
「発展途上国における富の独占と軍隊化、配給制の強要と独裁は、倫理観や博愛などの道徳教育の不足に起因する現象です。こちらは経済的なシステムが未整備であることに加えて、助け合う、分かち合うことで最終的に多くの者が幸福となり、幸福状態が平和を実現させる、という理屈が人々の頭に存在していません。あればあるだけ奪い取る、という生き方があまりに長かった弊害、論理的思考よりも本能としての生存を優先しなくてはならなかった環境の違いが、文明社会とは異なるパターンの問題を引き起こしたのです」
「そういうことか。いやぁ、失敗したな。この惨状、時間を巻き戻すだけでやり直せるかな?」
「神の寿命を消費することで、時間だけでなく、紙幣や物資をばら撒いた事実そのものと抱き合わせて、既成概念徹底修正が実行可能です」
「そうなの? じゃあ、そっちの方が良いね。すぐにやるよ」
「貴方の寿命が減りますが、よろしいのですか?」
「うん、全然いいよ。寿命なんて沢山あるし、自分の思いつきでやったことが余計な問題を引き起こしたんだ。責任は自分で取る」
「素晴らしいお考えです。では……」
天使が指を鳴らした。
体感的には変化を感じなかったけれど、ブラウン管のテレビへ目をやると、確かに以前の世界がそこに映っていた。
「ありがとう。今度はしくじらないように上手く調整してみるよ」
「地獄の反復横跳びを続けるおつもりですか?」
「どうしても人類には幸せになってもらいたいからね。もう充分苦労しているし、自分達の為だけじゃなく、住まう地球のこと、共生する動物・生物達のことも考慮して生活・発展していこうとする者達が多い。実に素晴らしい博愛意識だと思わない? そんな人々が同種同士で争う姿を、これ以上黙って眺めていられないんだ」
「そこまでおっしゃるのでしたら止めませんが、失敗してやり直す度に御自身の生命力を失う、という点には御留意ください。過剰に繰り返せば、さすがに神でも腐って死にますよ」
「うん、気をつけるよ」
そう応えてからが、しかし実に困難かつ長丁場だった。
人類存続と平和平等の実現には問題が山積みで、それらをバランス良く、関連する不測の事態も回避して、という条件で、あらゆる施策を試した。
思想の自由、発言の自由、行動の自由、人権の保障、これらを盛り込んだ方針、俗に言う自由社会、経済的には資本主義の形態を推し進めると、一時的には世界に平和が訪れる。
しかし、その自由を数十年謳歌した人類の間には、必ず不平等が生じてくる。資産的、容姿的、機会的な格差が生じる。それは思想的な差別を引き起こし、その諍いが争いへと激化し、そこへ大抵の場合、宗教的な対立が絡んでくる。そうすると火に油で、人命に危害が及ぶような事件が起き始める。何者かの命が奪われたなら、奪われた者達の身内や親族、同族、同国の者達が報復を叫び、実行をする。これが始まると、すぐに戦争だ。一つの国の中での内戦だけに留まることもあれば、特定の国同士が争い始めてしまうこともあった。
天使が口にした、争いの火種は人の数だけある、という言葉が嫌というほど理解できた。互いに自由であるからこそ、人間は他人の自由を制限してやろうとする。そうした牽制の末、再び不自由に陥ってしまう。きっかけは些末な小競り合いや、意見の微細な違い程度であっても、それが肥大化すると取り返しがつかなくなる。金銭的な取引や企業間の損失の押し付け合い、国家間の条約締結条件や、貿易における物々交換の合意条件などでも同様の現象が起きうる。この規模で揉めたなら、対立現象はより素早く、大事として展開されてしまう。当然と言えば当然だ。関わる人間の多さに、問題の大きさは比例するのだから。
施策と実行、自分の寿命を消費するやり直しを経て、最もネックだと感じたのは、人類が生み出した経済という仕組みである。これが実に厄介だ。人類皆が豊かかつ安定して生活を送るためには、この経済システムは確かに適している。効率的だし、あらゆる者達の合意を得やすいという利点もある。
だが、この経済という仕組みは必ずどこかのタイミングで、いずれかの国だけに、いずれかの派閥にだけ、富が集中し始める。これが格差を生み、格差は貧困と差別と暴動を呼び込む。あらゆる争いの発端がこの経済格差から生じるわけではない。資源的、宗教的、所有領域的な衝突、主張の食い違いなどもある。しかし、そうした別の要因で起こる問題に、この経済的な問題が確実に、どこかの機会で絡んでしまう。予測が不可能なほど唐突に、理解不能なほど綿密に、忍び込むように影響を及ぼすのだ。
あまりにも上手くいかないので、幾度か前言を撤回して、人類の遺伝子を調整して、争いを許容しない穏やかな人格ばかりの者達だけで構成された世界を構築してみたりもした。
すると確かに、人類は争いをぴたりと止めた。この遺伝子操作の効果は凄まじかった。あらゆる物事は合理化され、全てが管理され、それでも不満は挙がらない。差別は概念諸共に消え去り、人類は動物と同じ目的、すなわち【人類という種が存続する】ことだけに特化した社会が形成されていった。平和で、争いも変化も無い、不気味なほど安定した世界。それが幾年か続くと、人類はあらゆる欲望を失い、失ったこと自体を悔いることもなく、合理化を突き詰めた先で、自らの種こそがこの世界でもっとも不要であり、最も環境を汚染する、存在すべきでない悪しき者達であると結論づけ、繁殖することを止め、滅びの道を選択してしまった。
つまり、この展開も、望んだものではなかったし、完全に想定外の展開であった。
意識操作や遺伝子の構成にまで手を加えた場合はどうなるのか、禁忌とはいえ、この手段を講じれば、さすがに好転するだろうと期待していただけに、人類が揃いも揃って自滅の道を選択してしまったことは衝撃だった。賢しくなりさえすれば、それが救済に繋がると、格差という概念さえ消え去れば世界平和でさえも実現できるだろうと、そう期待していた。それが一縷の望みだったともいえる。
溜息をつき、ソファに身を預ける。
疲れた。
自分の両手を見る。
しわくちゃで、骨が浮いた様。
身体が重い。呼吸がしづらい。
幾度、世界を再構築しただろう。
どれほどの時間を巻き戻し、進め、確かめて、調節を繰り返しただろう。
生命力の消耗がこれほどとは、予想外だった。甘く見ていた。
いつもそうだ。自分の愚かさ、考えの無さ、思いつきに身を任せる癖が悔やまれる。
人類を救うなどと御託を並べて、結局自分一人救えない有り様。
傲慢だったのだろう。神であるなら万能であり、物事の全容を把握し、正しさで満たしていなければならないと決めつけていた。そんな誤った思想が、現在の自分を引き寄せた。自業自得だ。神である資格などなかったのだ。
「学びましたね」
隣で天使が微笑む。
全てお見通しというわけだ。
「では、参りましょうか」
「どこへ……?」
「下界です」
「何故……?」
「貴方の望みを叶えるためです」
痩せ細ったこの身体を、天使が簡単に抱きかかえて、下界へ降り始める。
光の柱に囲われて。
人間達の世界へと降臨する。
集う視線。
嗚呼、愛する子供達。
無様な姿と、愚かな罪の載積を、どうか許して欲しい。
この身体を抱えたまま、天使が片手で器用に指を鳴らした。
途端、頭の中に映像が流れる。
フラッシュバックのようだ、と感じた。
『皆さま、ご覧になれていますでしょうか』
大量の映像と共に、天使の声が、頭の中に響く。
『この映像は、今、私の腕の中におります神が、皆さま人類を救済するために奮闘し、自らの生命を消費して、しかし成し遂げることができなかった理想の欠片達、その記録です』
天使は語る。
『弱り切った神の願いは、たった一つ。平和です。皆様方人類の平和。その平和を世界に波及させること。争いを止め、自由に、誇らしく、正しく、いつまでも生き続けて欲しい。神はただそれだけを理想に据え、尽力いたしました。けれど、神はこの通り、命を擦り減らしすぎたがため、もうすぐ天に召されます。ですから、どうか、お願いです。神の為に、この小さな命が尽きるその時だけ、争いを止め、真の平和を成してはいただけないでしょうか?』
天使が語り終えた、その瞬間。
様々な映像が頭の中に流れ込んできた。
あらゆる国の、あらゆる場所で、あらゆる者達が武器を捨て、こちらを向いて、祈りの格好をしていた。
手を合わせる者、こうべを垂れる者、十字を切る者、様々に、しかし一様に、諍いの感情は見られない。
ああ。
嗚呼。
良かった。
最期にだけでも。
平和の姿を拝むことができた。
ありがとう。
本当に、ありがとう。
※
天界にあるソファ。
ブラウン管テレビの前。
そこで目覚めた。
起き上がって、自分の身体を確かめる。
おかしい。老いていない。若い姿に戻っている。
そもそも、どうして生きている?
「お目覚めになりましたね」
ソファのすぐ側に立っていた碩学の天使が言った。
「これは、どういうことだ? 一体何が……」
「どうして生きているのか? 何が起きたのか? その疑問の答えはとっても簡単です。世界の再構築や時間操作で貴方の寿命が消費される、という法則自体が、私のついた嘘だからです」
「……は?」
「貴方が老いてしまっていたのは、私が貴方の寿命を一時的に御預かりしていたからです。何故このような真似をしたのかについては、貴方に学習していただく良い機会だと判断したからです」
「学習……? まさか、これまでのこと全部が……」
「ご理解されたようですね。ビーバーよりも賢しくなっていただけて、天使冥利に尽きます。そうです。貴方はおっしゃりましたね。人類を救いたい、争いを根絶したい、幸福だけを人々に享受したいと。その発想は高尚で、実に素晴らしく、傲慢で、独り善がりです。人類という一種だけに肩入れをしている。貴方は創造の神です。あらゆるものたちにとっての神であり、人間だけを贔屓にしてよい神ではありません。貴方が目指した平等世界も同様でしたでしょう? 贔屓は差別を生みます。平等性を欠きます。御自分で奮闘されたからこそ、身をもって理解できましたでしょう? 掲げた理想の困難さと、御自分の発想それ自体が、いかに歪で、恐ろしい顛末を引き起こしかねない、危険性を孕むものかを」
「あぁ……そうだね。うん、よく理解できたよ」
「私を罰しますか? そのおつもりでしたら、謹んでお受けいたします」
「いや、そんなつもりはないよ。むしろ、ありがとう。学びを得ることができたし、人々が争いを止めた瞬間を、この目で見ることも叶った。君には感謝している」
「ええ、そうでしょうとも」
にっこりと笑ってから頷き、彼女はテレビを片手で指す。
「そうだ、ご覧になってください。私達の策略のおかげで、神を讃え信仰する世界規模の宗教が誕生したのですよ。おかげで皆、神を信仰しつつ、決して争わないという戒律のもと、世界平和が続いています。これ、いつまで保つでしょうね?」
そう言って、碩学の天使は微笑んだ。
確かに、学びを得た。
驚くほど器用に演じて本性を隠し、崇高さと正しさばかりがある精神が主軸と見せかけて、胸の内に仕舞った暗黒、どす黒い腹の底、それらを完璧に露見から守り、愛でて止まない、という事実。
たとえ、自分に付き従い、助言を与えてくれる者であっても、服も髪も肌も、その開いた翼までが純白である碩学の天使でさえ、あろうことか神を騙し、学びという体で恐ろしい真似をやってのけるのだ。
白に見せかけた黒が、最も恐ろしいと知った。
そして、恐怖を抱えたまま、神と天使の関係を続けなければならないという未来。
白に囲まれた天界で黒を知った時、次は誰に助言を乞えばよいのだろう?
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