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「...ここ?」
「うん」
「なんでわざわざ小学校で」
「だよね、今考えると自分でも悪趣味だと思うよ」
冬の冷たい風が容赦なく吹き付ける。
きっと、とても寒い。凍えるほどに冷たい。
それでも今の俺には、そんな感覚すら残されていない。
「...結構高い」
「さすがのいっくんも怖いよね」
「うん。高いところも寒いのも僕は得意じゃない」
「ごめん、じゃあもう戻って大丈夫だよ」
いっくんの素直な言葉に俺は苦笑いを浮かべて、屋上の出入り口に向けてその背中を押して見せる。
でもいっくんはくるりと体の向きを変えて、俺をまっすぐに見据えた。
そして徐に、手を差し出す。
「君も一緒に戻るんだよ」
「...え、」
「もうひとりじゃないから。君も、僕も」
迷いのないその言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。
いっくんといることで幾度となく覚えたその感覚は、俺をまるで生きているかのような錯覚に陥らせる。
「でも..」
「でも、じゃないよ。僕が必要としてる。理由なんてそれで十分でしょ。繰り返す必要なんて、もうなにもない。」
今日のいっくんは妙に口数が多い。
それはきっと、何事にも動じることのないいっくんのたしかな「不安」を表している。
そしていっくんの「不安」を取り除くのは、いつだって俺の役目だった。
「わかった。一緒に戻る」
「うん、じゃあ行こう」
差し出された手に、自身の手を重ねて、感じるはずのない「ぬくもり」に、俺は今日も生きている実感を見出す。
繰り返される「日常」は、明日もまた続く。
苦痛でも虚しさでもない、ただひたすらに前向きな感情で。
「いっくんは優しいね」
「そんなことない」
───そんなことしかないよ、ありがとう。
今日ばかりは泣いてしまいそうで、感謝の言葉をいっくんに伝えることはできなかった。
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