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薫子は冴子とひとつ違いで十六歳、おなじく女子学習院に通っている。
妹の方が学年は一級下だが、学内で冴子は〝薫子さまのお姉さま〟と認識されている。
それほど薫子は有名な生徒、と言うよりも問題児であった。
太正九年四月十日、時刻は午前十一時十五分になっている。
「ねえお姉さま、今日は半ドン(註)でよかったわね。こうしてお出迎えに来られたんですもの、お兄さまどんなオミヤを買ってきてくだすってるかしら」
「まあ薫子さん、そんなはすっぱな言葉遣いお止めなさい。まるで不良みたい」
冴子がいつものように注意する。
しかし薫子にとっては土曜もなにもあったものではない、きちんと学校へ通った冴子と違い、薫子は仮病を使い女学校を欠席していたのである。
どこまでも型破りな、お転婆娘だ。
その冴子も今日は最後の授業は早退してここに来ているから、偉そうには出来ない。
(註・半ドンとは、官公庁・学校が午前中で終了することから広がった言葉。オランダ語で日曜日をゾンダグと言ったのがドンタクと訛り。その前日の土曜日が午前中までで業務や授業が終わることから、日曜日の半分という意味で〝半ドン〟と言うようになったと言う説がある)
冴子の横にはスラリと長身の、背広姿の男性が立っていた。
二十代半ばの、どこからどう見ても家柄の良さが分かる好青年だ。
婚約者の薗田近文である。
「近文さま、今日はわざわざお越し頂き申し訳ございません。お仕事の方は大丈夫なのでございますか」
背の高い近文を眩しそうに見上げながら、冴子が尋ねた。
「ははは、僕も今日は半ドンなんですよ」
薫子の口まねをしながら、近文がおどけてみせる。
身分に似合わず、気さくな性格らしい。
「それにね、本当のところは冴子さんにお目にかかりたかったんです」
「まあ、近文さまったら」
冴子が赤くなった頬を両手で覆う。
こうして二人が並ぶさまは、美男美女の非の打ち所のない対の人形のようである。
〝なにがまあ、近文さまよ。デレデレしちゃって〟
いままで男性と親しく話したことのない薫子が、横目で二人を睨んでいる。
「痛えじゃねえか、てめえら人様にぶつかっといて挨拶なしかい」
その時ホーム中央の階段付近で、大声が上がった。
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