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「一体これはなんと言うことです。久し振りに東京へ戻ってみれば、着くそうそう警察だの腹を切るだのと。なにか悪い夢でも見ているようだ、紫津どうか説明しておくれ」
「あっ旦那さま、よくぞご無事にお帰りなさいました、お疲れ様でございます」
紫津が深々と頭を垂れる。
「そんな挨拶などそうでも良い、事の顛末が知りたい。なにがどうなってるんだい」
上品ではあるが線の太い、不敵な面構えの中年紳士はみなを眺め回す。
「あなたはどちらさまでしょう、この方々のご家族ですかな」
警官にそう言われ紳士は鋭い視線を向けたが、すぐに柔和な表情になり軽く会釈をする。
「申し遅れました。わたしは秋月商船と言う会社を営んでいる秋月龍彦と申します、ここに居るのはみなわたしの身内の者です。なにかわたしの家族が良からぬ事でも――」
「あ、秋月商船? 秋月龍彦――。ではあなたは秋月子爵さまで、そうとは知らずとんだご無礼を致しました」
警官たちは一様に態度を改め畏まる。
「ここに居るのはわたしの妻の紫津です。若い娘たちは兄榮太郎の娘たち、そしてそこにいらっしゃるのは薗田コンツェルンの嫡男近文君です。決して怪しいものではありません、ご懸念は晴れましたか」
次々と出てくる大物の名を聞き、警官たちの顔がみるみる青ざめてゆく。
「こ、これは大変ご迷惑をおかけ致しました。どうか此度の失礼はお許しください、もうこれで結構ですのでお引き取りくださいませ。この事は出来ますれば上へは内密に――」
「心配はいりません、あなた方はただ職務に忠実だっただけで落ち度などありません。逆にわが家族がおかけしたご迷惑、お許し願いたい」
「ははっ、飛んでもございません。ではわれわれはこれにて」
警官たちは逃げるように去って行く。
「おい、薫子! どうせお前がなにかやっちまったんだろ。お前のお転婆にも困ったもんだ、こんな事じゃ買ってきてやった土産はやれんな」
最新流行の英国風の背広に身を包んだ、貴公子然とした青年が薫子を睨んだ。
「二ヶ月ぶりに会ったのに榮一朗の馬鹿、意地悪、知らない」
いきなり叱られ、薫子が頬を膨らませそっぽを向く。
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