05 イオニア

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05 イオニア

 困ったことになってしまった。  貞淑なピエドラ王女に付けるはずの淫紋が、手違いで口うるさい宿屋の女に付いてしまった。もっと困ったことに、イオニアの上で腰を振るレイラは謎の積極性を見せている。おそらくこれも淫紋の効果なのだろうが、悪くない。  そう。悪くないのだ。  勝ち気で可愛げのない女と評価していたレイラが、我を忘れて己の欲に屈している。無駄に発育の良い身体をしているあたり腹立たしい。 「………っひゃ、んんッ!」  揺れ動く双丘に顔を沈めるとレイラは高い声で鳴いた。 「お前、なんでこんなっ、胸がデカいんだよ!」 「し、仕方ないでしょう!今まで付き合った男がみんなやたらと触るから、おっきくなっちゃ…… あ、やだ、ダメまたそれクリクリしちゃ……あぁっ!!」 「恋人自慢なんて興味ない」  無性にムカついたのでピンと張った胸の先端を思いっきり潰したら、レイラは身体を仰け反らせて再び絶頂した。イくたびに潮を垂れ流すのも、彼女が過去に付き合った男の教育の賜物なのかと思うと、これまた気分が悪い。  イオニアは素人童貞だった。  今まで恋人と呼べる存在が居たことはない。しかし健全な男子であるイオニアにだって性欲はあるし、面倒なことにそれはおそらく一般よりも強かった。  だから、仕事をこなしてまとまった報酬が入るたびに足繁く娼館に通った。娼館はシンプルで良い。好みの娼婦を指名して金を払えば、彼女たちはイオニアに笑い掛けて優しくしてくれる。  しかし、時々虚しくなることもあった。  自分が金を払わなければ手に入れることが出来ない愛を、普通の男たちは無料で享受することが出来る。それも紛い物ではなく本物を。イヤなことがあれば恋人が両手を広げて「どうしたの?」と抱き締めてくれるし、膝枕だってしてくれる。きっと好きなだけ胸を揉めるし、風邪を引いたら「はい、あーん!」とか言ってお粥を食べさせてくれるのだ。 「………っくそ!!」  イオニアは泣いていた。  悲しさと悔しさが胸の中で渦巻く。  だけれどすぐに、今の状況を思い出した。ここはイオニアの部屋で、自分の上にはレイラが座っている。彼女の前で情けない泣きヅラを晒すわけにはいかない。  慌ててゴシゴシと手の甲で目元を拭っていると、柔らかい手がイオニアの腕を掴んだ。 「どうして泣いてるの……?」 「お前には関係ないっ!!」 「泣かないで、イオニア………」  ばふんっと何かがイオニアの視界を塞いだ。  息が苦しい。柔らかい肉の塊がイオニアの口と目を覆っている。このまま死ぬのも悪くない、と薄れゆく意識の中で考えていると、肉は顔から離れた。  瞼を上げると、心配そうな顔でレイラが覗き込んでいる。 「アンタの事情は分からないけど……目の前で泣かれると放っておけないわ」 「お前には関係ねーだろ!満足したらさっさと部屋を出て行けよっ!」 「イオニア、寂しいんでしょう?」 「…………っ!」 「おっぱい使う?」  イオニアは驚愕して言葉を失った。  恥ずかしそうに見下ろすレイラを見つめる。  あわあわと震える指先でむんずと柔らかな乳房を握ると遠慮がちに揉んでみる。淫紋のせいか赤い顔をしたレイラが短く息を吐いた。 (………神様、今日のために生きていたんですね)  今まで祈ったことなどない神に心の中で語り掛ける。無神論者のイオニアには神の姿形など分からない。だけど、全神経を集中させて感謝した。  苦節二十五年。  イオニアは女体の真の喜びを知ったのだ。
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