01 イオニア

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01 イオニア

「ふふふ、ついに完成した」  イオニア・ルーズガルドは暗闇の中でニヤリと笑う。  魔法板の上に彫った繊細な紋章はそれ自体に芸術的な美しさもあり、我ながら上手く出来たと感心する。実に三ヶ月もの月日を費やしたのだ。寝食を忘れて彫ることに集中した夜もあったし、時には不注意で台無しにして涙を飲んだこともあった。  イオニアは淫紋術師だ。  彼が他の淫紋術師と違うのは、イオニアの場合は淫紋のデザインを一から書き起こしてそれを魔法板に彫り込む点だろう。彫った淫紋は右手で吸収して、あとは術を掛けたい相手にその手で触れるだけ。  恐る恐る魔法板に手を近付ける。  黒く浮き上がった淫紋がスッと右手に吸い込まれた。 「ピエドラ王女……もうすぐ貴女がオレの手に」  ペルルシア王国を統べる気高きアンシャンテ一族。  ピエドラ・アンシャンテの美貌は特に圧倒的で、幼い頃から国民の男たちの劣情を煽った。一度夜会で合間見た豊満な胸を想像して、イオニアは唾を飲む。  その時、トントンとノックの音が部屋に響いた。  急いでフードを被ってドアに近付く。 「なんだ?」 「なんだ、じゃないわよ。今日も依頼はゼロでしょう?まったく魔術師だかペテン師だか知らないけど、払うもの払ってくれなきゃ追い出すからね」 「分かってる」  顔を覗かせたのは宿の女主人であるレイラ。  常に高圧的で強気な態度を取るこの女が、イオニアは苦手だった。宿を借りる際に職業欄に魔術師と書いたら「陰気臭い」と鼻で笑われたことも根に持っている。  レイラの両親は複数の宿を経営しているらしく、彼女はこの宿の担当を任されているらしい。一日何度も顔を合わす関係ではあるが、イオニアにとってレイラは天敵。彼が理想とする「優しくて可愛い女」からは程遠い。  噂では、最近まで恋仲だった騎士にフラれてしまったらしく、イオニアは内心それを「ざまぁみろ」と思っていた。デカい態度を取るから捨てられるのだと。 「相変わらずきったない部屋。掃除ぐらいしたら?」 「おい、勝手に入るな!」 「換気はしてよね。アンタみたいな童貞が住み着いたら部屋が臭くなるのよ。イカ臭いって言うんだっけ」  嫌になっちゃう、と言いながらズンズンとレイラは足を進める。  見られては困るアレコレがあるため、イオニアは顔を青くしてその後を追った。頭から被ったフードが落ちないように手を添えて。 「こんな暑いのに何でそんなの着てるの?」  振り返ったレイラがイオニアの服をローブを指差す。  伸びてきたお節介な手を思わず振り払った。 「オレに触れるな!お前みたいな女は苦手なんだ!」 「………っ、」  瞬間、怯んだようにレイラが顔を引き攣らせた。  言い過ぎただろうか。  見慣れない表情を目にしてイオニアは少し反省する。自分より頭一つ分だけ低い場所にあるレイラの首は、先ほどまでの威勢は何処へやら急に静まり返った。  腕で身体を抱えるようにしたまま、レイラは一言もしゃべらない。流石に心配になってイオニアはその顔を覗き込んだ。 「………どうしたんだよ?」  真っ赤になった顔がイオニアを見る。  潤んだハニーレモンの瞳が不安そうに揺れた。 「か……身体が変なの、」  驚愕するイオニアがレイラに押し倒されるまでの時間は、わずか三秒。
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