ヘタレな君と期間限定交際 -1-

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ヘタレな君と期間限定交際 -1-

「真野くん!好きです! 俺と付き合ってください‼︎」 「………へっ??」 夜も更ける午後10時15分、 静まり返った従業員用休憩室。 アルバイトを終えて帰ろうとしていた真野深月(まのみつき)は、突然ど真ん中ストレートで投げられた愛の告白に驚き足を止め振り返った。 「………あ、あの。 俺の聞き間違い…だったらごめん。 え?好き?付き合う?俺と…篠原が?」 目の前に立つ長身でガタイの良い男。 この居酒屋・福々(ふくふく)にアルバイト店員として同時期に入った深月と同い年の篠原蒼太(しのはらそうた)は、顔を真っ赤に染めて頷いた。 固定時間制シフトのため深月と同じ22時上がりのはずの彼は、頼まれると断れない気の良さと少しばかりの融通の利かなさのせいで、直前にいつも客に呼び止められてしまい予定の退社時間より10分~15分遅れてしまうことも多々。 そんなお人よしでヘタレ気味な篠原を“バカだなぁ、もっと上手く立ち回ればいいのに。”と同情と哀れみの眼差しで見ることはあっても、所詮彼はただのアルバイト仲間。 大学も違い特に共通の趣味があるわけでもない二人の間に会話の話題など殆どなく、接点といえばたまにかぶる同時刻のシフトのみ。 (俺、篠原と喋ったこと…ほとんどないと思うんだけど……まさか、ジョーク?悪い冗談?) 休憩時間が一緒になった時に一言、二言交わしたくらいはあったが、そんなに気にとめるような会話をした覚えもない。 そんな篠原のことを恋愛対象として意識したことなどこれっぽっちもある筈はなく、逆も然り、まさか自分が篠原からそんなふうに想われているだなんて考えもしなかった。 寝耳に水、藪から棒…まさに青天の霹靂。 驚きのあまり目を見開いて彼の顔を見つめるが、その瞳は真剣そのもの……瞬きもせず深月の返事を待っている。 (冗談……では無さそうだ。 うそだろーー…篠原が俺のこと好き、とか…。 マジで言ってんの?) ホールスタッフ専用の、腰エプロンの付いた上下黒色の制服を着たまま突然の愛の告白をぶちかましてきた篠原に対して…“まずは着替えたら?”と思ってしまったが、よくよく考えて黙る。 まずそもそもお前、男が好きだったの?とききそうになりーーー…ぐっと堪えた。 実を言うとーーー…深月自身、自分がおそらくゲイなのだということを最近になって自覚し始めたところだったからだ。 そんな自分からすれば、こんな風に男から好意を寄せられることに対して違和感や嫌悪感を感じることはないにしても……。 (そう言えばからーー…なんか篠原の態度、ちょっとおかしかったかも。 あの、飲み会の日………) 3ヶ月ほど前の、この居酒屋の定休日に行われるスタッフの打ち上げ会と称した飲み会。 毎月恒例のその酒の場に、いつものように参加していた深月。 先輩スタッフからしつこく『女の子紹介してやるから彼女作れよ~!』と迫られ、鬱陶しく感じたことから酒の勢いに任せてプチカミングアウトをしてしまったのを思い出す。 『俺、実は女の子に興味湧かないんですよね~~。 正直言うなら男の人の方がよっぽど好き。 ……もしかしたらゲイなのかも?(笑)』 それを聞いた周りの皆は盛大に笑っていた。 ある先輩は「真野~、俺のこと狙うなよぉ?」なんて笑いながら茶化すほどで、その場にいたスタッフたちからその話題は酒が入ったためのジョークとして捉えられあっさりと流れたかのように思えた。 ただ、深月のすぐ横に座る緊張した面持ちの篠原だけは違っていたらしい。 「えーっと、あのさ。 先に言っとくけど…俺、男だよ。知ってるよな?それも踏まえて……もう一度聞くけど。 なぁ、篠原、本気?」 篠原は深月の問いかけに、目を見開いてもう一度、強く頷く。 「冗談で、こんなこと言わないよ……。 あの、俺、実は真野くんのこと初めて見た時からずっと、その……ひ、一目惚れで。 ーーー真野くんの、すごく好きで。」 「えっ、か、顔ぉ?」 突然の見た目重視発言に思わず目を丸くしてしまう。 がっちりした肩幅を窄めるようにもじもじと、とてもではないがその見た目にはまったく似合わない仕草でそんなことを言ってくるものだから、こっちまで照れ臭くなってしまう。 「あっ!いや、違うんだ…… 真野くんって、その、誰にでも優しくて、笑顔が素敵だしお客さんへの接客も丁寧で…見てて気持ちよくて。そういうところもすごく魅力的で。俺、バイト中、いつも、すごく気になってて……。 それに、あの、ま、真野くんておしゃれだよね、スマートだし、背はそんなに高くないけど…だからバイト前の私服姿見るのが楽しみで……その今着てる半袖パーカーのブランド、好きなの?すごく真野くんっぽくていいよね。あとその左耳のピアス、それも、すごく似合ってるよ。 あっそれから髪の色も…この前染めたよね?髪型も…すごく似合ってる。あと、他には…」 「い、いや、もういいって。あのわかったから」 まさかのほめ殺し作戦か?と思いつつ、深月は顔を赤く染めて、篠原のそのまだまだ出てきそうな自分への好き好きアピールを止めさせる。 褒められて悪い気はしないが、他者に…しかもアルバイト仲間の男相手から、自分の容姿をそんなふうに見られていただなんて。 むず痒い想いと同時に、胸の中がなんだかキュウッと詰まるような、変な感覚。 「あのさ、…真野くんいま、付き合ってるひと……居ないんだよね? その、もしよければ、俺のこと、そういう対象として見てくれないかなって……」 さっき、付き合ってください!ってどストレートに言わなかったっけ?と思いつつ、今更になって遠慮がちで控えめな告白に変えられても、と変に困惑してしまう。 (どうせなら、もっと男らしく…ガツガツくればいいのに。せっかくガッチリしてて背だって高いのに、勿体無いな。 顔だって悪くないのに……なんていうか、優しすぎるんだよなぁ。) 目尻の下がる如何にも気弱な内面が滲み出たその顔つきは、例えるなら、七福神の恵比寿天様あたりだろうか? ご利益はありそうだが、はっきり言って……好みのタイプとは程遠かった。  (もう少し男らしかったら……即okしてるんだけど。) なんなら今ここで、この休憩室のテーブルの上に押し倒して『好きだ!』と叫ぶくらいの漢気と強引さがあれば、完璧だったかもしれない。 そう思いつつ、癖にわりと拗らせた好みの自分を恥じる。
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