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初・帰宅デート -1-
「お待たせ、ごめんね」
着替えを終え更衣室から出てきた篠原と一緒に、店の裏の従業員用出入口のドアを押す。
この居酒屋・福々から深月の一人暮らしの賃貸アパートまでは徒歩で約15分ほど。
いつもなら一人Bluetoothイヤホンを耳に音楽を聴きながらの帰路が今日は一味も二味も違い……
代わりに自分を包むのは、暗闇にぼんやり光る街灯の明かりと、静寂が響く独特な雰囲気、そして……。
(もしかしたらバイト仲間と一緒にこうやって歩いて帰るのって、初めてかも…。なんか変な感じだなぁ)
深月はふとそう考えて、
ーーあっ、今はもうただの“バイト仲間”じゃないんだった。と自分に言い聞かせる。
(“彼氏”、かぁ……。篠原が、俺の?うーん…。)
何より一番新鮮で、それでいて複雑な思いに陥ってしまうのは、隣にいるこの篠原という相手のことをまだ、殆ど何も知らないせいだろうか。
夜の更けていく空気を身体に少し感じながらゆっくりと歩き出す。
「……………」
緊張しているのか無言のままただ横を歩く篠原に、深月までもなんだか気まずくて黙り込んでしまう。
一緒に帰ろうと誘った手前、何か話さないと…と話題を探してみるが見つからない。
そもそもアルバイト中ですらそんなに大した会話もしたことのない二人。なんなら「おはようございまーす」「お疲れ様でーす」この二言の挨拶しか交わさなかった日もあるくらいだ。
「あれっ、そういえば……篠原、家こっちなの?」
ゆっくりペースで5分ほど歩いたところ、明かりの灯る誰もいないコンビニの前。
ふと足を止めて深月は問いかけた。
「えっ?あ、ああーー…………。
うん、そうだよ、こっちで大丈夫。」
(?なんだ、今の間……。
“大丈夫”って何だろう……なんだか不思議なやつだなぁ)
そう思いつつ、足を進め始める。
「へぇ、そっかぁ……。
俺たち結構近くに住んでたんだな」
まともな会話という会話も今日初めて交わすというのに、お互いの住む場所など知り得るはずもなく。
そもそも篠原は実家住みなのか、一人暮らしなのか?それすらも知らない。
突然の告白に半ば気圧される形でokし、付き合うことになった今のこの状況、
これから仲を深めていくにしても、そこに至るまでの相手の情報量がまだ少なすぎる。
ちら、と横を歩く篠原の肩辺りに視線を移す。
ライトブルーのカジュアルな半袖シャツをきちんと第一ボタンまで閉めた出立ちは真面目な印象を醸し出しているが、そこから上に覗くしっかりとした首元の、ごつごつしく目立つ喉仏からは男らしさをよく感じる。
(なんか、篠原って……ちゃんと意識して見たことなかったけど、結構イケメン?
…というか、男前の部類なのかも……)
線の細い華奢な身体付きに170cmあるかないか、といった至って標準体型の自分からすると、ガッチリしたその篠原の体型は男としては羨ましい限りで。
「あ、あのさ。深月くん。
深月くんは………何の食べ物が好き?」
「えっ、た、食べ物?」
突然の質問に驚き深月は歩きながら考える。
「うーん、なんだろう…。肉よりは魚、かな。
米よりはパン?あ、パスタとかも好きだよ。
よく作るし」
「えっ、料理できるの?深月くん」
篠原は驚いて聞き返す。
「そんな意外って顔しないでよ?まあ簡単なのばっかだけどさ……。
一人暮らしだと結局自炊しないとだし……けど、どうせ作るなら美味しいの食べたいじゃん?」
大学入学を機に一人暮らしを始めたものの、親から貰う仕送りはほとんど学費と家賃に消えている。
週4~5の居酒屋アルバイトで稼ぐ生活費をなんとか遣り繰りするには、3食自炊は必須であった。
ただ、それが特段苦になっているわけでもなく。
元々実家住まいの頃から、三人兄弟の長男として産まれた深月は家事にふれることが多かった。
共働きで忙しく不在がちの両親に代わって、弟たちに簡単な料理を作ってやっていた記憶を思い返してみると、あの時から現代まで、ネット社会の発展といえばめまぐるしいものを感じて、なんだか感慨深いようで。
ノウハウはもちろんわかっているし、今の時代、料理のレシピなんてスマホ一つでいくらでも、無償で知ることができるのだ。
材料と少しの手間と時間。それさえあれば、QOL(クオリティオブライフ)は格段と上がる。
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