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突然の待ち人
「ーーーよう、ミツキ。おかえり」
腕時計は22:30を指している。
コンビニの一つも見当たらない、何もない暗がりの歩道の隅でひとりタバコを蒸して…いかにも待ち伏せていたといわんばかりに。
その須藤と呼ばれた男は、深月に近づいた。
「……なぁ、なんで電話出ないんだよ?lineも既読スルーだし。ミツキ、なに俺のこと無視してんの?」
「………」
”須藤先輩”。
深月がそう呼んだ、目の前の男。金に近いほど明るく染めた髪色に、彫りの深い目もとの上、眉尻に装着けられたピアスのシルバー色が、電灯の光に反射して深月の瞳に飛び込む。
「深月くん……?知り合い?」
黙り込み俯いた深月の様子に、おそらくいま目の前に立つこの男はただの知り合いなんかではない、と察した篠原は問いかける。
「…………っ…」
突然の出来事に動揺がひしひしと伝わる。
隣にいる、つらそうに、そして今にも泣き出しそうな表情の深月を見た瞬間、篠原は胸が締め付けられた。
「須藤、先輩。
俺、もう連絡してこないでって言ったじゃないですか……」
目を逸らしたまま、深月は小さく答えた。
その声を聞いた瞬間、ハッと鼻で笑う須藤。
「なに?ミツキお前、あれ本気だったの?
ちょっと冷たくしたらこれだもんなぁ……なぁ、そんな怒んなって。
ーー仲直りしようぜ?」
片眉を上げた蔑む表情で毒づく口ぶりの須藤の様子に、深月は震えていた。
それは怒りからか、それとも、怯えているのか。
「ーーー……もう、ほっといてください…」
「あれ?もしかしてミツキ、お前……他に男できたの?
あ。なるほどなぁ~。
俺の事あんなに”好き好き”言っといて…もう他いっちゃうなんて、とんだ尻軽だな」
「…………っ……」
悔し涙を堪えながら唇を噛み締めた瞬間。
隣に立っていた篠原が、ザッ!と深月の前に立ち塞がった。
「いい加減にしてくださいよ、どこの誰だか知らないけど……深月くん嫌がってるだろ。
……見てわかんないんですか?」
そう言って須藤を睨みつける。
(……………篠原……)
篠原の後ろで、深月は声が出せなかった。
見るからに温厚そうで優しい篠原の、突然の自分を庇う行動。
大きな背中を思わず見つめる。
「……はぁ?なにお前?関係ねぇだろ。どけよ」
「嫌です。
確かに関係ない…かもしれないけど嫌だ。
いや、やっぱり関係ある。……退きません」
「あぁ?」
須藤が睨みをきかし凄んでも、篠原はまったく臆する事なく、むしろ威嚇するように負けずキッと睨み返す。
つい先程まで猫背気味に、自分のことを気にかけながら低姿勢で歩いていた篠原の姿がただただ大きく見えて。
自分を守ろうとしてくれている。
背中から優しさと頼もしさが伝わり、つい、涙ぐみそうになってしまう。
「ふーん。
あ、もしかしてお前、ミツキに惚れてんの?こいつ、綺麗な顔してるもんなぁ。
……やめとけば?お前みたいな真面目そうなタイプ多分続かないよ。なんたってこいつ……」
「ーーーやめろよっ‼︎」
ついに深月が声を上げた。
涙ぐんだ瞳で須藤のことをキッと睨むと、篠原の腕を掴みグイッと胸に引き寄せる。
「ーーーこの人、俺の彼氏なんで。
……だからもう俺に関わんのやめてください。
篠原、行こう」
「えっ、あ……!み、深月くんっ!」
腕を強く引き早足で来た道を引き返す深月に、篠原は戸惑いながら後ろを振り返る。
「ーーー………っ」
追いかけてくる様子のない須藤に安心しつつ、まだ泣きそうな顔を堪えた深月の横顔を、複雑な想いで見つめて……。
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