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深月の過去 -2-
「もう、しんどくなっちゃって。
このままだと……俺、自分のことまで嫌いになりそうだったから。
だから、やめたんだ。
サークルも辞めることにして、“もう連絡しないでください”って伝えた」
どれだけ好きでも…もう、こんなにも自分だけを見てもらえない、ひとりよがりの恋はいやだ。
こんなにも心が温かい気持ちになれない、哀しくなるだけの肌を重ねるやりとりはもう要らない。
もうやめよう。
そう言い聞かして連絡を絶った。
初めは寂しくて、辛かった。どうにか時間が忘れさせてくれるように…バイトを沢山入れた。特に深夜帯の遅番メインで。
そうすれば夜、少しでも寂しい想いから逃れられたから。ひとりでも、大丈夫。
しばらくは、自分のために過ごす、そう決めた。
大学で勉強して、バイトに精を出す。
オシャレだって楽しい。買い物して、美味しい料理を作る。自分だけの為に。
そうして、少しずつ、忘れられていった。
そう思うようにした。
「もう、やっと2ヶ月……いや、どうだったっけ。
覚えてないや……。
そんな、経つのに。今更なんだっていうんだよな。わけわかんないよ、放っておいてくれたらいいのに。」
「……………」
ただひとつだけ、はっきりしたことがあった。
自分は、“男のひとが好き”なんだ、ということ。
おそらくこれから先もずっと。
それを身をもって知ることができた。
それだけは……須藤と関係をもった上で、本当に良かったと言えることだった。
「ーーーだから、元カレじゃない。
彼氏ですらなかったんだから…ただ遊ばれてただけなのに、嬉しくて、本気にして……痛い目見ただけ。
…はは…バカみたいだろ?俺……」
「………」
沈黙が痛くて。
(……篠原、きっと引いてる。
まさか俺がこんな、軽くてふしだらなやつだなんて思ってなかったんだろうな……。
別に、いまさら。どう思われたって……事実なんだから。仕方ない…)
そう思い伏せ目がちに足元を見る。
「……幻滅した?……情けないよね、俺。
あの、さ、やっぱり付き合うのやめない?たとえ期間限定でもさ…。
俺なんかより、篠原にはもっと……」
ーーーグイッ!
「!」
突然肩を掴まれ強い力で引き寄せられる。
気付くと、篠原に抱きしめられていた。
「し、しの……はら?」
自分の倍あるんじゃないか、なんて有り得ないことを思ってしまうほどに厚い胸板と肩に包まれて、頼もしく太い腕が、ぎゅう、っと力を込めて驚くくらいに密着する。
「幻滅なんか……しないよ。
俺、言ったよね?“本気だから”って。
嘘じゃないよ。そんな、中途半端な気持ちで、
“好き”って、“付き合ってください”なんて……言わないよ」
「…………っ…」
低くて柔らかな声が、耳元で震えているのがわかる。
いや、震えてるのは自分かもしれない。わからなくなる。
「つらい思い、したんだね。
俺、絶対…深月くんを悲しませたりしない。約束するから……。
だから、信じて?
だからさ…お願いだから……
……俺のこと、好きになってよ」
「…………っ…」
鼻の奥がツンとしてしまう。
こんなにも誠実な言葉を、想いを…誰もいない夜の歩道のど真ん中で。
ほんのついさっきまで、ただのアルバイト仲間でしかなかった男から、まるで全身に降り掛かる雨みたいに受けることになるだなんて。
動揺を隠せなくて、言葉が出てこない。
行き場を無くした両腕を少しだけ動かすと、さらに強い力でギュッ、と抱きしめられた。思わず腰が反り靴底が浮きそうになる。
「し、しのはら……っ。
…あの、っ……わかったから…ちょっと…っ」
「………本当に?
俺のこと、好きになってくれる…?」
「えっ…あ、いや、その、努力するから…っ!
だから、ちょっと……離して…」
(なんでこんな積極的なんだよ…?
力めちゃくちゃ強いし……身体、潰れそうだ)
「………………うん」
篠原は素直に、抱き締めていた腕の力を緩めて深月の身体を離した。
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