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「シリウス様。あなたの運命の人は姉のリリアでしょう。なぜ私なんかに」
「いいや違う。あの女ではない。あの女は聖女でこそあれ、私の想い人ではない。そなたこそが私の愛しい人なんだ」
「シリウス様……」
異国の薄桃色の花の木の下で、二人は確かに抱きしめ合った。
男は女の肩を離すまいと抱き寄せ、女はそれに応えるように男に身を委ねた。
その時間が永遠に続くと信じた。
「どういうことですかな?シリウス様。婚約者はエマではなくリリアだと既に決まっていたではありませんか」
その日、年甲斐もなくスカビオサ伯爵は苛立っていた。
というのもスカビオサ家の長女リリアの婚約者シリウスが突然家に訪ねてきてこのようなことを申しているからである。
「どういうことも何もない。私はリリアではなくエマと一緒になると決めたんだ」
「決めたですと?困りますな。急にそのようなことを言われましても」
焦りから出る嫌な汗をハンカチで隠すように拭い、年老いた伯爵は苦しそうに咳払いをする。
伯爵にとってはシリウスのこの答えは予想外だったようだ。
シリウスは群青の澄んだ目で伯爵を見つめた。
その目を見た伯爵は彼の決心が硬いことを否応なく察してしまう。
あまりの気まずさに伯爵は目をそらして床を見た。
あの様子ではシリウスはどうにも自分の意見を譲る気は無いらしい。
けれど流されるのだけではなく言わなければならないことはきちんと言うべきだ。
スカビオサ伯爵が再びそう決心して顔を上げたその時、執務室の重厚な両開きの扉が開いた。
「これはこれは、シリウス様。ようこそスカビオサ邸へいらっしゃいました」
扉を開けて入ってきたのはリリア・スカビオサ。スカビオサ伯爵家の長女だ。
「ちょうどよかった。リリア」
「はい、何でしょうか」
「お前との婚約を取りやめさせてもらう」
「あら、なんてこと」
部屋に入ってきたばかりのリリアに畳みかけるシリウス。
それに対しリリアは飄々とした態度のままだ。
「お前は聖女という立場に胡座をかき、婚約者の責務を放棄したからだ」
「まあ、婚約者の責務ですって。そのようなものがありますのね。具体的にどういったものでして?」
「お前、この前の晩餐会に欠席しただろう。婚約者とともに出席するのが常識なのに、お前のせいで俺は一人きりで出席せざるを得なかったんだ」
「あら、すみませんね。その日は私も用事があったのですよ。聖女としての大切な仕事がね」
落ち着いた笑みのままリリアはシリウスに微笑みかける。
シリウスはそんな余裕そうなリリアの様子が気に入らなかったのだろう。
シリウスはリリアを嫌悪の表情で睨みつけた。
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