アパートの民

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アパートの民

ピンポーン。 ピンポーン。 ピポピポピンポーン。ピーンポーン。 回覧板置いときますねー。 牛乳置いときますねー。 いますかー? いるんですかー? 今月の家賃まだ振り込みされてませんよー? どうするんですかー? いますよねー? どうするんですかー? いやー、まいったまいった。インターホンって便利だよなー。来た相手わかるから居留守も快適にし放題! んじゃさ、こんな話はどうよ。 俺が一人暮らしし始めた頃なんだけどさ、まあ、ぼろっちいアパートなわけなんでごぜえますよ。それでもちゃんとキッチントイレ風呂、更にインターホン付きの物件でな、安い割に優良だったんだわ。ただし、大家さんがすんげえカタブツでさ。気に入った奴としか契約しねえの。 いい人だぜ? そうゆう契約しねえとトンデモナイ奴が来るんだろ。世間様は安全で平和に見えて、時にバケモノを生み出す。一見人間でも中身は肉食エイリアンだ。 そんな大家さんと気が合った俺は無事に住人となりましたとさ。ご近所さんたちともいい付き合いだったぜ。大体どの住民とも気が合うんだよ。あれだ、言い方悪いけど古くさい考えしてる集まりだった。俺も含めてな。 でかいテレビ持ってる人の部屋に集まってはさあ野球だ、さあサッカーだ、さあワールドカップだ、さあオリンピックだ。みんなでわあわあ言いながら観戦するんだ。あれは楽しい。二十四時間テレビだって交代で観たし、好きなドラマを用事で観られない時は誰かが代わりに録画した。 夕飯のカレーは大鍋で作って隣に持ってく。俺が唯一作れる料理だからな。代わりに煮物とかハンバーグ、揚げ物とかはくれる人がいた。 大きい荷物は手伝うし、体調悪そうだったら声かけるさ。挨拶だって気軽にするし、ごみ出し間違えて怒られてもすいませんって言って直すわ。わからんかったら訊くし、みんな教えてくれるから俺もわかることはみんなに教えた。 昭和の考えなんだろうな。平和だぜ。だが野良猫に餌付けだけは共通して許さない。絶対に。 まあ、そんな生活だったわけよ。そうそう、ご近所さんたちの年齢も性別も家族構成もみーんな違うってことは一応言っとくな。変な集団だったとかって落ちじゃないからさ。 で、そんな日常にデンジャラスエピソードを俺は隠し持っています。聴いてください。 ある穏やかな昼下がり。緊急ニュースが俺の耳へと渡ったのです。 通り魔が出たぞ! それも現場はすぐ近く。と言っても同じ町内ってだけで、犯人の顔とか年齢性別もわからない。逃げたらしくて何処に潜んでいるのかわからない。 わかっているのは成人男性一人を刃物で滅多刺しして殺したこと。それと犯人は複数じゃなくて単独。一人だってこと。 現場は室内じゃなくて普通に道路。流石に大通りじゃないけど、そこそこ人が通る道。ただ、その時間は人通りが減っていた。 被害者はただそこを歩いてただけ。それなのに刺された。 これは通り魔だ。 だって他にも人がいたって発見者は言うんだ。きっと犯人は殺せれば誰でもよかった。 俺の頭はニュースを聞いてから想像を膨らませ続けた。きっとガタイのいい大男だ。サングラスしてる。短髪。髪を染めてるかも。顔にキズ。 いや、引きこもりかも。よれたジャージに細身の体。無精髭、ぼさぼさの髪。 推しに沼ったオタクか? デブ、汗臭い、デブ、パツパツの高校ジャージ、デブ。 これから自分がどうすべきかなんてことよりも、好奇心で妄想ばっか膨らむんだ。勝手に犯人像を作り上げる。 それは全部自分には関係ない、自分は安全だって思ったからだ。現実逃避でんなこと考えてたんじゃない。俺には無関係。そう思ってたんだろな。 だっていきなり通り魔なんて出るのかよ。台風よりレアだろ。なんなら地震よりレアだろ。流星群の方が頻度高くないか。 いやいや、そういうもんと比べるのがおかしいんだろうな。犯罪っていうのはいきなり起こる。気分次第でなんとなくやるんだろうな。 犯罪者心理なんて詳しくないけどそういうもんなんだ。将来こういう犯罪したいですー、なんて人、普通いないだろ。いたら絶対そいつと縁を切る。
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