来訪

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来訪

リビングでそのニュースをまだやってるテレビ前にして、俺ってばほんと暢気だったよ。そこでさ、なんとなく。ほんとになんとなくだった。 テーブルの上の回覧板が目に入って、あ、回さなきゃ、って思ったんだよ。 中身は急ぎの内容じゃなかったさ。でもその時はほんとになんとなく。回さないといけない、持って行かなきゃいけないって思ったんだよな。 俺、三階の隅の部屋に住んでたんだ。アパートに四階はなかった。「四」は不穏な数字だからって三階までにしたんだって。だから最上階の隅、つまりは回覧板の終点なんだけど、俺はそこに住んでた。回覧板を次に渡さなきゃいけないのは一階の隅、大家さんの住んでる管理人室なんだ。 自覚はしてなかったけどさ、今考えると内心不安だったんだと思う。いくら暢気でもそんなニュース聴いてのんびりできないだろ。てか、過去の俺よ、危機感を持ってくれって話だけど。 だから誰か知ってる人と一緒にいたかったんじゃないかって。時間が経ってそう思ったんだよな。 回覧板を手にしてテレビ消して。鍵をポケットの中に突っ込んで靴を履こうとした。目指すは一階、管理人室。 その時だよ。 ピンポーン。 俺んちのインターホンが鳴ったのは。 インターホン。そう、それは実際に対面しなくても外に設置されたカメラによって対象を見ることができるもの。更に対面しなくてもとりあえず会話だけはできるという優れもの。 顔を合わせなくても「顔」が見えるんだ。戸を開きたくない奴相手に開かなくてもいい。開くか開かないかの選択が相手を前にしなくてもできる。すんげえ防犯装置だよ。 おとぎ話の子やぎも子ぶたもビックリだ。客人がオオカミなら戸を開けずに通報すればいい。 オオカミだってわかれば、な。 玄関からまだ距離がある場所、どっちかというと奥にあるリビングの近く。そこに俺は立っていた。 インターホンの子機がチャイム音を響かせてチカチカ光っている。誰かが外からスイッチを押した。誰かが家の中にいる俺と交信しようとしている。 その日は友人と会う約束もしてなかったし、宅急便も連絡がない。まさに突然の来客だった。 誰ですか? そう言おうと音声スイッチを入れた。あんまり意味がなかったけど。 スイッチがオンになった瞬間、二重になった声が左右の耳を同時に叩いた。玄関からとインターホンの子機からだ。そいつ、通話ってことを忘れて必死で叫んでいた。 何て言っていたと思う? 「通り魔に追われているんです! 助けてください!」 おいマジかよ。それしか思わなかったわ。 よりによって俺に助けを求めるのか。関わりたくなかった。ほんとに。本当に。 すぐに玄関の鍵開けて、そいつを家に入れた。 嫌だったよ! もし件の通り魔が家まで来たらどうするよ。 でもさ、それ以上にそいつの顔がもう真っ青でどうしようもないって感じだったからさ、つい上がらせちゃったんだよな。
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