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玄関で靴も脱がないでそいつは蹲った。両腕で鞄を抱えて、ガタガタ震えている。そりゃ通り魔だもんな。よっぽど恐い思いをしたんだろうって同情したよ。
白いワイシャツ、黒いズボン。どっかのサラリーマンだと思った。当時の俺より痩せてて、それなのに身長は俺より頭一個分くらい高い。きっと年上だ。頭にはいくつか白髪が散っていた。
少し開いた鞄からはスーツの上着の袖がだらんとはみ出ていた。
荒い息を吐きながら震え続けるそいつを下に見ながら俺はこう言った。
薄情者だと思ってくれていいぜ。
「ごめん、俺、用事あって出てくる」
そいつを家に置いて、回覧板を回しに出たんだ。
なんでだろうな。そいつより回覧板だって思ったんだよ、その時の俺は。
知らない奴より顔見知りといた方が安心できるっていうのもあったんだろうな。俺はそいつを放置した。
外に出て戸を閉めて、鍵をかけようとした時に、中から声がした。
トイレ、貸してください。
俺は早口でトイレの位置を言って鍵をかけた。
廊下を走って階段を下りて、一階の管理人室に飛び込んだ。
「大家さん、俺です、入れてください!」
なんでか焦っててさ、インターホンも使わないで戸を叩いたんだ。理由はその時わからなかった。自分が何でそういう行動をしてるのかわからなかった。パニック状態だったんだろう。後から考えたらそうなるんだけどさ。もしかしたら、頭の冷静な部分か本能のとこが俺にそうしろって伝えてたのかもしれない。
俺は、見ず知らずの他人を家に放置して外に出たんだ。それも通り魔が近所にいるかもしれない、その時に。
大家さんは俺を家に上げた。こっちだと言ってリビングに通されたら、そこにはほとんどの住人が揃ってた。
昼だったから学校会社に出てる人は別として、多分全員いた。
それを見て気づいたんだよ。俺の家に助けを求めてやって来た奴、何で俺の家だったのか。アパートの一番下で外からも近い一階の管理人室じゃなく、三階の俺の家だった理由。
管理人室には人が集まってたからだ。
あいつは人を避けた。でも誰かに会いたかった。住人が集まってる管理人室以外の家は全部無人状態。インターホンを鳴らせばいるかいないかは反応でわかる。
順番に鳴らしていったんじゃないか。一軒一軒、ピンポーンって。
誰かいないか、誰かいないか。あいつは丁寧に確認して俺の家までやって来たんじゃないか。
リビングに集まるみんなを見て、俺はそう感じた。
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