インターホンを押したのは誰か

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インターホンを押したのは誰か

逃げよう。 通り魔がいるならみんなで交番へ駆け込もう。 待て。そいつは本当に通り魔なのか? 顔写真の男は普通の平凡なオーラしか感じない。他の人と比べて違いがない。万が一間違っていたら失礼極まりないぞ。 確認しよう。 なあに、直接見るわけじゃないさ。 話は波に乗って進んでいく。人も集まれば大船に乗って気が大きくなるもんだ。相手が通り魔でも、な。 結局住民の意見は、まず顔を確認することに一致した。 俺らのアパートのインターホンは玄関上に設置されたカメラと同期して鳴らした人を写す。更にそれを画像に残す機能がある。出ても出なくても、インターホンを鳴らした時点で写真が撮られるわけだ。 それは管理人室の埃が積もったパソコン、しかも前回の更新が何年前っていう画面の中に整理もされないで作られた住人の名前のフォルダに送られる。保存期間は一年だ。大家さんは機械が苦手だから、消去されないまま多分入居してからの画像が全部残ってる。 今こそ目覚めよ、叡知の機器よ。みたいな感じで、俺らはその機能を利用することにした。 俺の名前のフォルダの先頭、時間は一時間以内。なぜかそこには二枚の画像が残されていた。 一枚は細身の男がインターホンのあるだろう場所にすがり付いてる様子が写っていた。拡大して顔を大写しにすると、テレビの中と同じものがそこにはあった。 確定だ。 もう一枚には誰も写っていなかった。画像が残ってるということは、インターホンのスイッチが押されたということ。でも誰も写っていない。なんで? 時間は。 ついさっき。 さっき? 俺らは交番へ連絡した。 ニュースでやってる通り魔らしき人物がアパートにやって来ました。そう言った。 人は集まれば大船に乗って気が大きくなる。そう、気が大きくなっていたんだろうな。 誰かが言った。 「こんな奴だったら、俺らで捕まえられるんじゃないか?」 あまりにも普通すぎる男に見えたもんだから、人一人殺してるなんて情報がすっぽ抜けたんだろう。どこにでもいる細身で気が弱そうな男だったから。 もちろん反対した人もいたさ。でも本当に、その通り魔は「普通」に見えたもんだからさ。 だから、俺らは体格のいい男どもで階段を上がったんだ。俺を含めて十人弱。弱そうな通り魔を捕まえようと、俺は仲間を引き連れて家に戻った。 家の前に戻ってきた俺は、黙ってインターホンを押した。自分の家なのにな。もしかしたら通り魔が反応するかもしれないと思って、俺は押した。 誰も出なかった。 鍵で解錠して戸を開いた。 誰も出てこなかった。 玄関で俺は大きく声をかけた。 「戻りましたー」 誰も出てこなかった。 「おい、そいつはどこだ」 どこにいるんだ。 心臓はどきどきドクドクしてた。 家の中に、殺人魔が、いるんだと。 一体、どこにいるんだ。 俺は、最後にあいつが言った言葉を思い出した。 トイレを借りる、と。 俺は喉カラカラの状態で呟いた。 「といれ」 住人たちはトイレに駆け込んだ。うわ、言い方が変だ。でもトイレだったんだよ。そいつがいたのは。 ドアの前にはあいつが持ってた鞄が置いてあった。鞄を退かさないとドアは開かない。中から、何か聴こえる。あいつの声だ! 中から来た時と同じように、中からはスーツの袖がだらんと出ていた。たたまずにぐしゃぐしゃにして詰め込まれていたんだ。スーツがだぜ? なんかおかしいと思ったんだよ。 土工のおっさんが鞄を持ち上げた。あの人は短気だから、誰よりも先に行動する。でも今回はそれが仇になった。 「ひっ」 いい年した男が出す声じゃねえよ。なんて誰も言わねえ。てか、言えねえよ。 鞄が持ち上がった瞬間、スーツが床にずり落ちたんだ。べしゃって、雨にでも濡れたのかって音がした。 濡れてたんだ。血を吸って、真っ赤に! 被害者は刃物で滅多刺し。ニュースでそう言ってた。 でもあいつは俺の前に真っ白なシャツで現れた。 そうだよ。事件の時にはスーツの上着を着ていたんだ。被害者から飛び散った血を上着が全部受け止めた。だから下のシャツは白いまま。 血濡れのスーツを間近で見たおっさんは腰を抜かした。そりゃそうだよ。鞄の中は血でタプタプだったんだからさ。 でも、その鞄からは凶器の刃物が見えない。何処かに、棄てた? 「おっちゃん、退いて!」 トイレの中からはまだ声がしている。 段々弱々しくなっていくようなそれに危機感を覚えたお兄さんが、焦ってドアを開いた。そこには。 「あああああああああうああああごめなざごめなああああああざあごめゆるじえええええええええあああああああぐぼおおあああおおおおお!!!」 叫びながら自分の体に包丁を向けるあの男がいた。刺しては抜き、刺しては抜き、また繰り返す。滅多刺しだ。
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