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2.
男は昔、争いを嫌う小国にいた。実り豊かな国だった。王と民は草木を愛し歌と舞を愛した。人が生きる中で出合う数々の喜びと悲しみを、いくつもの歌にのせた。男も歌った。
二十代の頃、離れた大国から戦を仕掛けられ火を放たれた。すべてが燃えた。
父を失い、母を失い、子を失い、伴侶を失い、友を失い、王を失い、民を失い、故郷を失い、人の身でありながら体を流れる時が止まった。歌える歌はなにもなかった。悲しみの歌でさえ。帰るべき場所はなく行くあてもなかった。百年、荒れ地をさすらい歩き続けた。心に慟哭を抱えたまま。
その先で、春の芽吹きのような人と出会った。
十年、ともに歩いた。ひとつひとつ、指を差して教えてくれた。
抱える悲哀は消えずとも、心にかすかな明かりが生まれた。
三年前、その人を失った。
わが身を呪わず世を呪わず、歩いてほしいと言い遺された。哀しみだけが残った。
「それを返してくれ」
男は固い声で言った。
「俺の嘆きも悲しみも、叫びも、凍えるような孤独感も、痛みもぜんぶ俺のものだ。俺だけのものだ。
だれとも分かち合いたくなんかない。
それを抱えて生きていきたい。
同じ心が欲しいんじゃない。
俺とは違う心を持つ相手に出会いたい。
俺とは違う、希望を抱いて生きる相手に出会いたい。
雨が降れば歌い、陽が出れば舞い、花の咲く姿に美しいと微笑む相手に出会いたい」
女は視線を上げて男を見た。
「残念ね。あなたの心、とても素敵だったのに。
世界で一番、哀しく叫ぶ心だったのに。
この美しい水の毬をいくつも複製して多くの人びとの中にひとつずつ入れたなら、狂乱の中でみな鬼のように哭いたでしょうに。
だれも彼もが同じ痛みを抱えれば、肩を寄せ合うようにして生きていけたかもしれないのに。
それは平らかな調和でしょう?」
そこで女は哀しく笑った。
「そう、でもあなた、ずっと待っているのね。
雨が降れば歌い、陽が出れば舞い、花の咲く姿に美しいと微笑む、かつてのわたしを。
もういないのに。
再び生まれるのを待って、出会えるまで痛みを抱えて歩くのね」
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