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今にも泣き出しそうな分厚い雲が立ち込めていた、ある午後のことだった。
コンコン、コンとドアを控えめにノックする音に気がつき、朝霧薫は眺めていた本からゆるりと視線を上げた。
刑事を辞め、路地裏の雑居ビルに探偵事務所を構えて早数年。いつもなら来客対応は助手の見田に頼んでいるのだが、あいにく身内に不幸があって不在にしていた。
「はい、ただいま伺います」と返事を投げ、焦げ茶色のドアを開けると、長身の男性が立っていた。
ストライプ柄の濃灰のスーツに紺色のネクタイをかっちりと締め、ゆるくパーマのかかった豊かな髪は額が見えるように七三分けにふんわりとセットされている。少しばかりグレイカラーが混じっていることから察するに、年齢は四十代後半くらいに思えた。
「――突然申し訳ありません。ご相談したいことがありまして」
「どうぞ。お入り下さい」
「ありがとうございます」
言葉遣いの丁寧さと落ち着いた声色、入室の際と応接ソファへ腰を下ろす際にも軽く会釈をしていること、また、背すじを真っ直ぐに伸ばしていることからも生真面目な様子が伺えた。
差し出したコーヒーをひとくち傾けると、ふう、と長い息をついている。応接机を挟んで真っ直ぐに視線が合うと、朝霧はゆっくりと切り出した。
「本日は、どういったご相談でしょう」
「私、立花銀行で支店長をしております、羽倉恒彦と申します。実は、無断欠勤が続いている行員がいるんです」
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