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③
ギルドへ報告するなり、周囲がざわついていた。この街のアイテム屋はそれしか無いうえに店主が反乱した騎士団に殺されたというのもある。確かに、これは動揺しない訳がない。
他の冒険者たちは混乱し、中にはこの街からいっそのこと出ようとした者まで居た。しかし無闇に街を出ると反乱した騎士団に見つかって殺される可能性もあり得るので、どうにかそれを阻止していたのだが。
その騒ぎの中で、フェルンは受付の女にアイテム屋の主人の死体を放置したままだと追加で報告をした。女は頷く。だがまだ周囲に反乱した騎士団が居るのかもしれないと、次には首を横に振った。
ギルド側は反乱した騎士団が無作為に村、或いは人々を襲っていることを把握できたようだ。なので遺体のことは少し待って欲しいと返ってくるが、それを聞いた他の者が反論をする。
「おい! 死体を放置しちまったら、アンデッドになっちまうじゃねぇか! そんなことしたら、どんどん増えちまうぞ! アンデッドが大量にいる地域があるらしいが、ここもそうなったら……!」
「分かっています。ですが、一人分の死体と、この街の生者……天秤に掛けたら、必ず後者に軍配が上がると思います。そうですよね? 皆さん」
受付の女がそう言い放つと、他の者たちは一斉に黙った。これほどの正論を言われたら、ぐうの音も出ないのだ。フェルンであっても同じで、反乱した騎士団からやり過ごすしかない。最もの救いは、小さな村や個人を襲っているだけなのだが。
話が纏まったところで他の者たちは打ち合わせの再開、依頼の選別の続きをしていた。しかしどれも、この街で行えることに絞っていくようだ。聞こえてくる会話で分かった。
「フェルンさんは、どうされますか?」
「僕は……街の外の魔獣討伐の依頼を受けたいです」
「あまり推奨できないのですが、どうしても受けたいのですか?」
フェルンが冒険者になった目的は、ただの繋ぎから復讐の為へと変わっていた。心に灯る灯の強さが、蝋燭の火から燃える山へと変わっていったくらいに。そしてこれは曲げられない意志であると。表情が、とても鋭いものへと変わっていたらしい。女が、若干だがおののく。
そして聞かないのだろうと女は思ったらしく「分かりました」と言った後に言葉を続ける。
「その代わりに、夜になるまでに終わらせるものにして下さい。アンデッドが出現した場合は、夜が一番活発になる時間帯ですからね。こちら側では、助けることはできないので」
「分かっています。ありがとうございます」
フェルンはそう言うと、吸い込まれるように掲示板の前に立った。依頼は何か簡単なものがいいと思い、まずは一通り見ていく。ブロンズ階級のフェルンに受けられるのは、今は二つしかない。先程と同じく薬草の採取や弱い魔獣の討伐や捕獲である。薬草の採取はもうしたので、弱い魔獣の討伐をすることにした。それも、対象となる数は一体のみ。
なので早速フェルンは依頼の紙を剥ぎ取ると、受付へと持って行った。
「無理をしないで下さいね」
「はい。ありがとうございます」
例え小さなものでも、それが復讐のゴールへの礎となる。フェルンはそう思いながら、依頼へと向かった。
討伐対象が居るのは、街から一歩外に出た舗装された道である。そこにボーカゥという牛のような姿の魔獣の幼体が居るらしい。親とはぐれてしまったので、仕方なくそこに居る次第。幼体であれば害は無いが、大きくなれば必ず有害となる存在だ。それに幼体から取れる肉は美味な食料として重宝されている。
大きくなるまでには時間が掛かるが、駆除しなければならないと定期的に街から出ている依頼である。依頼に困ったときは、ブロンズ階級の冒険者の命綱となるものだった。なぜならこの依頼は実質無限に出ているものなのだから。
「どこにいるかな……」
街から一歩出て、フェルンはボーカゥの幼体を無人の草原で探し始めた。だがなるべく街からは離れたくはない。フェルンだって今の状況の分別がついている。もしもまた反乱を起こしている騎士団に出くわしても、勝てる見込みなど無いからだ。薬草の採取のときに起きたことは、奇跡かたまたま運が良かったと思っている。なのでフェルンは慎重にボーカゥの幼体を探していく。
街の外は豊かな自然に恵まれており、ボーカゥは地面に生えている草を食べることが多い。なのでまずは生い茂っている草地を探すと、すぐにボーカゥの幼体が見つかった。周囲に警戒することなく、呑気に草を食っている。フェルンは内心でガッツポーズをすると、足音をなるべく立てずにゆっくりと近付いた。
剣に巻いたボロ布をゆっくりと外し、剣を握りしめる。そしてそのボロ布を剣を握っている手に巻き付けて固定をした。しっかりと対象となる魔獣を狩る為に。
ボーカゥの背後に回り込むと、フェルンは草むらに隠れながらゆっくりと近付いた。そして今だと草むらから出ようと音を立てると、どこかから矢が飛んできた。それはボーカゥの頭に見事に命中し、苦しげな鳴き声を発すると共に地面に倒れ込む。ボーカゥの幼体は、動くことはもう無かった。
フェルンはそれを見て周囲を注意深く見回していると、どこかから男二人の声がした。草むらから出ることなく、死んだボーカゥの周辺を見る。
「食い物が手に入ったなぁ」
「あぁ。あと一体あれば、今夜の分は確保できる。明日は他の地域で村を襲いたいからな」
会話の内容からして、フェルンにとっては敵だということは間違いなかった。更に草むらの隙間から静かに覗くと、騎士団の格好をしていた。フェルンは湧き上がってきた怒りを抑えながら、騎士たちがどこかへと去っていくのを待つ。
一人の男が死んだボーカゥの幼体を抱えると、すぐに立ち去った。安堵をしてしまったフェルンは、拳から巻いていたボロ布を解いていく。そして剣の刀身にゆっくりと巻いていくと、街へと戻っていく。ギルドに聞いた内容を報告する為だ。
すぐにギルドに戻ると、フェルンは受付の女にそれを報告した。まだ駆け出しの冒険者がただ聞いただけだというのに、女は真剣に聞いてくれる。そして女が紙にそれをメモしていくと「分かりました、ありがとうございます」と、礼を述べる。どうやらそれを街全体に知らせるつもりらしい。
「すいません、この依頼はキャンセルにして、また明日受けてもいいですか?」
「はい。大丈夫ですよ。それでは途中棄権ということで」
女が依頼の紙に何か書き込むと、見たことのないスタンプをポンと押した。これが、キャンセルなどの時に使うものなのだろうか。
フェルンは依頼をキャンセルすると、手持ちの金を確認した。銅貨三枚である。これならば、今日だけの食事はどうにかなる程度だ。騎士団がこの辺りを徘徊し終えるまでの食料は街で調達できる筈だ。なのでフェルンは街の市場へと赴いた。
市場には初めて来るが、やはりそれなりに大きな街だということもある。かなりの賑わいがあった。様々な店の前を通る度に、人の大きな声が聞こえる。呼び込みやトラブルに遭っている最中の人々、それに家族連れも。その中でもフェルンはやはり家族連れを目で追ってしまう。まずは父が亡くなり、そして兄が騎士団に入ったが今では憎い感情を向けている。そしてつい最近に母と弟と妹が死んだ。フェルンは天涯孤独となった身である。
しかし兄のせいで、家族への憧れを持っても良いのか分からなくなっていた。フェルンの家族には、兄が入ってしまっているからだ。その兄は騎士団に入り、最近になって出身の村を自らの手で汚してから壊してしまったのだろうか。フェルンの表情が一気に強張ったが、ここは人々が居る公共の場だ。このようなことを考えていても仕方がない。
食料を探すことに専念し、銅貨三枚を使い果たした。ちょうど空になっていた腹が満たされると、街の人気の無い片隅を探してからその場に座る。疲労がかなり溜まっていたのか、フェルンは気絶したかのように眠っていった。
どれくらい眠ったのだろうか。人々の喧噪が聞こえた気がして、目が覚めてしまった。何なんだろうかとはっきりと目を開けると、空は陽が沈んでいるので暗い筈だった。しかしやけに眩しい色が混ざっている。これはおかしいと立ち上がると、街が燃えていた。
「なっ……!?」
視界の端では、逃げ惑う人々が見える。そこで状況を把握したが、街が襲われているのではないのかと。人々はフェルンの存在になど気が付きもせず、ただ必死に街の外へと走っていた。だが街の外は騎士団が居て危ない筈なのだが、そこでフェルンは気が付いた。街を襲っているのは、騎士団なのではないのかと。
そのような訳がない。そのようなことはないと、フェルンは直接聞いていた。しかしそこでフェルンはとある違和感に気付く。昼間に見た騎士たちがもしもフェルンの存在に気付いていて。わざとそのような会話を聞こえるようにしていたら。
フェルンは悔しかった。憎き騎士たちに騙されたからだ。フェルンは剣をギュッと握りしめるが、そのようなことをしても意味が無い。だったら戦えば良いのだが、やはりフェルンは自覚できるくらいに弱い。そのようなことをしても、命の無駄遣いである。
見れば騎士団に捕らえられた街の住民の体が剣により綺麗に裂けていた。血が噴き出し騎士団の甲冑が汚れるが、おかまいなしだ。首や手足を刃物で玩具のように切ると、骨までも綺麗に切断されていく。その光景を見たフェルンは「くそぉ!」と叫ぶと、街の人々を助けることなく逃げていったのであった。どこか、遠くへと行くように。
無我夢中で走ったが、今は夜である、どこに何があるのかは分からない。それにこの辺りは街も何も無く、アンデッドが居る可能性がある。それでもフェルンは、ハイムから離れるように走った。
ふと振り返ると、街が綺麗に燃えていた。それに、かなり大きな街であったということが分かる。あれほど大きな街でさえ、騎士団は壊滅することができるのだ。実力主義なところもあり、改めて恐ろしい集団である。いつかは国を滅ぼす勢いだ。
だがこの街が燃えた原因を作ったのはフェルンだ。あの時騎士団がわざと見逃してから、言葉を鵜呑みにしてああなったのだ。ほとんど顔も分からない人々への罪悪感が募る。
できる罪滅ぼしと言えば、騎士団を一人でも多く倒すことくらいなのだろう。そしてあの街はアンデッドが蔓延する場所となる。二度と近付かないと誓いながら、ここから近い街を探す。街道に入ってから簡素な案内看板を確認した。どうやら少し離れた場所に街があるらしい。名前はクゥルという。なので次もフェルンが疫病神にならないようにと思いながら向かって行った。
目的のクゥルへと着いたのは夜が明けた頃である。周りは森に囲まれており、緑が豊かな街だ。到着するなり門の兵に話しかけられた。
「隣の街が襲われたらしいな。複数の冒険者が騎士団の会話を聞いたらしいが……」
そこで知ったが、フェルン以外でも草むらの陰で聞いた会話を、他の冒険者も聞いていたらしい。フェルン一人のせいではないと安堵してしまったが、そのような思考をしてしまったので内心で怒ってしまう。
「そうみたいですね」
そして返事は、まるで他人事のようなものをしてしまった。嘘をついたのだ。自身は悪くないと外に向けてアピールしてしまう。
「避難できたのは数人だ。恐ろしいことだ。国は、王は何もできないのか……」
兵がそう嘆くが、フェルンは何も答えられなかった。すると兵が「引き留めて悪かったな」と言ったので、街へと入る。
この街は燃えた街よりも小さく感じた。ここも騎士団に襲われるのではないのかと思ったが、あの街とは違って街の入り口に兵がいる。なので安心しても大丈夫なのだろう。
フェルンはまずはこの街のギルドを探した。街中を歩き回るとすぐに見つかる、街の中心部にあるようだ。なので早速建物に入ると、依頼の貼ってある掲示板を見た。見慣れない魔獣の名前が書いてあるが、それは避けた方が良いのだろう。知らない魔獣相手では、今のフェルンにとっては不利でしかないからだ。なので無難にアイテムの採取の依頼を探す。
この街では採取の依頼は豊富のようで、フェルンは迷っていた。まずは薬草の採取があり、次にキノコや木の実の採取までもある。薬草についての知識は少しはあるが、キノコや木の実についての知識は全く無い。なのでまずは、キノコの採取の手伝いの依頼をすることにした。フェルンはその依頼の紙を剥がし、受付に持って行く。ついでに、冒険者証も見せた。
「この依頼を受けますか?」
「はい。お願いします」
他の街でも同様のやり方であった。それを初めて知ったフェルンは、受付の女がサインを書き込みスタンプを押し終えるのを待つ。
「それでは頑張って下さいね」
「はい」
フェルンは淡々と返事をすると、まずは依頼主である一般市民の元に向かう。場所は近くの民家である。どうやら、趣味で料理をしている主婦がキノコを山で採ってみたいという。なので護衛をして欲しいという依頼である。
すぐに到着をすると、フェルンと依頼主は近くの山へ向かった。そこでフェルンは道中騎士団が近くに居ないか警戒をするが、不審な人影や足音が無いか充分に注意をした。まだ素人に足を突っ込んでいる身ではあるのだが。
木々が豊かに生い茂る山の中を歩くが、よく人が通る道らしくしっかりと舗装されていた。複数の足跡だってある。このような場に慣れていない依頼人の主婦でも、しっかりと歩くことができるレベルだ。
「あなた、冒険者になりたて?」
「はい」
主婦の口調は、とても穏やかなものである。しかし普段は運動をしないのか、少しだけ息が上がっている。フェルンがそれを聞きながら、またしても淡々と答えた。フェルンの心は、まだ荒んでいるからだ。
それを見かねた主婦は、ふふと微かに笑った後に話を始めた。
「私にもね、息子がいたの。ちょうど、あなたくらいの年かしら。その息子がね、実は騎士団に数年前に入ったけど、連絡をしてこないのよ。だって、騎士団といえば最近は反乱を起こしたじゃない? 国は何もしてくれないし、息子からは何も連絡が来ないし、ずっと不安なのよ。でもね、私はそんな息子でも、きっと帰ってきてくれると信じているわ。そして、反乱に加わっていないと信じているわ。あなたにも家族が居たら、そう信じてみるといいわ」
残念ながら、主婦の言葉には一つも同意ができなかった。この主婦同様に家族が騎士団に入り、そして連絡が何も無い。フェルンは恨みの感情しか向けることができなかった。理由はとてもシンプルで、兄は分かっていて村を襲ったことは間違いないからだ。
なのでフェルンは会話を続ける気はなく、ただ黙っていた。主婦はそれを見て、嫌そうな顔はしていない。寧ろ穏やかに笑いかけてくれた。
キノコの採取はかなり短時間で終わった。キノコを二人で合計で十個ほど採ればいい話だからだ。なのでものの三十分で下山していく。
主婦の家に到着して依頼の紙にサインを書いて貰うと、フェルンは礼を述べてから去っていった。採取の依頼は、もうしないと思いながら。
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