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④
目覚めはかなり良かったが、夢は見なかった。昨日のように、元の世界にいる夢だ。優美はそれに若干のショックがあったが、夢ばかりに期待をする訳にはいかない。夢を現実にするために、優美は甲冑を身に着けてから部屋から出る。一階の酒場へと降りた。
「おはよ!」
厨房に居るジョンは相変わらず元気だ。優美はそんなジョンを羨ましく思いながら、朝食を頼んだ。
他の利用客が居る中で空いている席にいつものように座ってから待つ。そうしていると、一人の男が歩み寄って来た。首にはシルバー階級を現すネックレスをしており、とても軽そうな甲冑を着ていた。
「なぁ、あんたはナグモといったか?」
「ん?」
優美が返事をすると、男が隣の席に座った。驚いた優美は男の顔をまじまじと見てしまうが、かなりのイケメンであった。思わず見とれてしまいそうになったが、今の姿はおじさんである。そのような態度を、相手に見せては気持ち悪く思うだろう。いや、絶対にそうだ。
今や市民権を得つつある、いわゆる腐女子ではない。優美はただ単に同じ年代のイケメンが好きな女子高生だ。なのでわざと淡泊な態度を取った。
「俺たちのパーティに入らないか? あんたはまだブロンズだが、うちのパーティに入れば、すぐにシルバー階級になれる筈だ」
このような勧誘はやはりかなりある。だが優美は既に対応に慣れているので、すぐに断った。
「いや、いい」
今更であるが、優美が断るには理由があった。それはパーティにイケメンが居ると、集中できないからだ。そしてそれが知られてしまうと、社会的に死ぬのではないかと危惧している。
「そんなこと言うなよ」
体を押しつけてきたが、まずい。イケメンにそこまでされると、優美は混乱してくる。何故ならば、相手はイケメンだからだ。
「いや、だから、俺はいい」
「何でだよ。あんたは他のパーティからの勧誘も断ってるらしいじゃねぇか。どうしてだ?」
優美はぎくりとしてから、少し考えた。今まで断っただけで、何か理由も話したことはない。聞かれなかっただけなのではあるが。なので理由を考えようにも、何も浮かばない。そしてこのまま目の前に居るイケメンに不審に思われるのも良くないと思い、優美は理由という名の言い訳を絞り出した。
「……俺の剣は、こんなにでけぇだろ? これに巻き込まれたら、お前も俺が殺した騎士団のように真っ二つになっちまうぞ」
適当過ぎる理由に、優美は終わったと思った。しかしイケメンは寧ろ目を輝かせている。予想外の反応に、優美は思わず引いてしまう。
「す、すげぇ! さすがだぜ!」
「えぇ……」
優美の困惑などよそに、イケメンは更に優美に絡んでいく。前の姿では嬉しい他ないが、今はおじさんである恐らくはイケメンよりも筋力があるし年上だ。優美があんぐりとしていると、イケメンが話を続ける。
「じゃあ、気が変わったらまずは俺に声をかけてくれよな! 俺の名前はレオンだ。よろしくな! 覚えておいてくれよ!」
イケメン、ではなくレオンがそう言うとようやく優美から離れていき、酒場から出た。もしかして、待ち伏せでもしていたのだろうかと自意識過剰になる。
ようやく一人で落ち着くと、そこでジョンが朝食を持って来てくれた。メニューはサンドイッチのようなものとスープである。朝からバランスの良い食事を取ることができ、優美は自然と顔をほころばせた。
ジョンが離れるなり優美はまずはサンドイッチに手をつけていく。挟んであるのは全て、レタスやトマトや卵、それに肉のようなものだ。味もこれまた優美の知るようなものと違いはなく、すぐに平らげてしまっていた。
「ごちそうさまでした」
「ん? ありがとうね!」
厨房前のカウンターに食器などを返すと、相変わらず忙しそうにしているジョンが元気に返事をしてくれた。そして酒場から出ると、優美は冒険者ギルドへと真っ直ぐ向かって行く。
しかし着くなり、受付の女が神妙な表情をしながら優美に話しかけてくる。
「おはようございます。ナグモさん、ちょうど良かった」
「どうした?」
掲示板ではなく受付の方へと足を向かわせると、受付の女が何やら紙を取り出してから口を再び開く。
「国がようやく騎士団の反乱のことで動いてくれたそうです。騎士団のの団員の首一つにつき、金貨を一枚懸けてくれるそうです。つまり、分かりますよね? ナグモさん」
「あぁ……その……」
受付の女が言いたいのはつまり、国が金を懸けているがそれに参加しないかということだ。優美は少し考えるが、弱い騎士ならば倒せると思った。昨日のは偶然だと、ふと思ってきたが故に。
だが一人につき金貨一枚という報酬は魅力的だが、首を取る行為をしたことがない。優美の持つ剣で人を骨ごと切断できることは分かったのだが、それをもう一度でもする勇気があるのだろうか。
そう考えていると、男の冒険者が会話に加わってきた。優美に取っては知らない者だが、受付の女と知り合いらしい。受付の女に、慣れ慣れしく話しかけてきた。
「えっ、なにぃ? その紙見せてくれるぅ?」
口調が軽いが、いわゆるチャラ男のようだ。見ればやや長い髪を遊ばせており、耳にはピアスのようなものをつけている。そして首には、優美と同じくブロンズ階級を現すネックレスがかかっていた。
冒険者の男は慣れ慣れしく受付の女の肩を掴んでいた。それを凝視してしまった優美だが、すぐに視線を逸らす。
「はい……なので、ご協力をよろしくお願いします」
受付の女は迷惑そうにしているが、笑顔を貼り付けているのが分かった。さすがにいきなり体を触るなど、セクハラに値する。それにそのような状況が、いかに気分が悪いか優美でも分かっていた。優美は受付の女を助けようと思い、冒険者の男に注意する。
「おい、今は俺と話しているんだ。それに、女の体をベタベタ触るな。下品極まりないぞ」
中身は女子高生なのだが、外見は筋肉モリモリのおじさんだ。インパクトだけはあるのだろう。しかし冒険者の男はそれを聞くが、舌打ちをしてきた。優美に対して怒っているようにしか見えない。
「おいおっさん……俺を同じブロンズ階級だ? 何十年もブロンズ階級でいるのか? 万年ブロンズ階級のおっさんか? はははは! うける!」
「マリオンさん! ナグモさんは……」
どうやれあこの男の名前はマリオンと言うらしい。そのマリオンは受付の女の反論を最後まで聞かず、次は優美の肩を掴む。メンチを切っているようで、優美は内心でおののいてしまう。
だが喧嘩を売られたならば、今は男であるならば買うしか無いと思った。なので肩を掴んできた男の手を強引に払うと、なるべく低い声で「表出ろ」と言った。勿論、マリオンは「いいぜおっさん!」と笑いながら頷く。
「お二方……!」
受付の女が動揺しながら優美とマリオンの間の仲裁に入ろうとした。優美はそれを止める。
「すぐに終わる」
そう言うと、優美とマリオンの二人はギルドから出た。その際に優美は武器をギルドに置く。外は人が行き交っているが、マリオンが大声で怒鳴り散らした。
「おい! お前らどけぇ! 今からこのおっさんをボコるからよォ! 死にたくねぇ奴はさっさとどけェ!」
言葉がかなり乱暴になっている。それくらいに、マリオンが怒っていることが分かる。しかし優美も同じだ。受付の女を不快にさせた挙げ句、道行く人々への態度の悪さ。優美は本気でこの喧嘩を臨もうと思っていた。優美は、怒っているのだ。
少し遅れて受付の女が出てくるが、優美は首を横に振った。来ないで欲しいという意で。
「ですが……」
「いいから」
優美が受付の女を止めると、マリオンが舌打ちをした。「おっさんのくせにかっこつけやがって」と吐くと、中指を立てた。どうやら、この世界でも中指を立てる意味は同じなのだろうと優美は学習してしまう。今はそのような場合ではないのだが。
周囲には野次馬ができており、賭博を始めている者もいた。マリオンが勝つ方に賭けている者が多く、それにより優美の怒りが増幅されていく。
「おら! いくぞ! おっさん!」
マリオンが右手で拳を作り、そのまま優美に素早く殴りかかってくる。しかし今の優美にとっては容易く捉えることができた。なのでその拳を、手の平で綺麗に受け止める。マリオンが二度目の舌打ちをする。
受け止めた拳をそのまま返すように、優美がマリオンと同じような動作を行う。押し込まれたマリオンは足でどうにか体勢を崩さずにいるが、それは時間の問題であった。同じ力をずっと込めているとやがてはマリオンの体が崩れ、仰向けに倒れてしまう。優美はその上に馬乗りになった。
優美は更に右手の拳を振り上げると、マリオンが「もうやめてくれぇ!」と叫ぶが優美は聞く気配がない。どうしてかその時は、心が戦闘心がしっかりと宿っていたからだ。すなわち、怒りのあまりに理性を失っているからだ。拳がマリオンの顔に向いていた。
そして拳を振り下ろすが、その瞬間に理性を取り戻すことができた。受付の女の悲鳴が聞こえた気がしたからだ。なので軌道を修正すると、マリオンの顔の横の地面を思いっきり殴った。
「ひ、ひぃ……!」
マリオンの顔の横の地面には深い穴が開くと同時に、周辺に亀裂が入る。まるで、地震が起きた後のような状態になっていた。マリオンを見れば、失禁してから気を失ったようだ。
「……化け物だ」
呑気に賭博をしていた者たちは、皆一斉に顔を青ざめさせる。そしてあまりの恐怖に、逃げ出す者も居た。
優美は完全に正気を取り戻すと、今の事態の悪さに項垂れてしまう。ここまで、自身に力があるとは思わなかったのだ。力がありすぎる故の恐怖に体を震わせていると、遠くから超えが聞こえた。野次馬曰く、衛兵らしい。
これはまずいと思ったが、もう遅い。気が付いた時には、複数の衛兵に取り囲まれていた。
「な、なんだこの穴は! お前がやったのか!」
「……はい」
立ち上がりそう返すと、受付の女が間に入ってきた。事情を説明しようとしたが、衛兵は聞く耳を持たず優美を拘束した。
「ここで争い事を起こすな! 事情を聞かせてもらうからな!」
衛兵が縄を取り出してきたが、この世界で言えば手錠なのだろう。腕にそれを掛けられるのは当然、人生で初めてのことである。優美はショックを受けながら、素直に縄を掛けられた。
衛兵に徒歩で連行されたが、刑務所のような堅牢な建物があった。ここから少し歩いた場所にそのうような建物があることを知らず、寧ろ優美は感心してしまう。だが今はそのような場合ではない。
連れられた先は、牢屋が幾つも並ぶ空間である。縄を解かれた後に、空いている牢屋に乱暴に放り込まれた。
「今は忙しいから、しばらくそこでじっとしてろ」
鍵をがちゃりと閉められると優美はあまりのショックに、牢屋の片隅に移動すると体育座りして俯いた。幸いにも今は同じ牢に入っている者は居ない。それにここはまだ勾留の時点で入る施設なのだろうか。
思わず安堵をしてしまった優美だが、相変わらず俯いたままでしくしくと泣く。
「うう……お母さん……お父さん……」
この世界には優美の両親は存在しない。元の世界には両親が居るが、まだまだそこに帰られる気配はなかった。寧ろ遠ざかっているようにも思える。
元の世界に帰りたい。そう思いながら顔を上げると、二人衛兵が優美が入っている牢屋の前に立つ。
「ギルドの者から事情を聞いた。お前には罪は無い。マリオンという男が完全に悪い。しかし喧嘩を売ったことは事実だ。本来ならば罰金などの措置を取りたいが、お前は駆け出しの冒険者らしいな。だから見逃してやる。だがな……」
すると一人の衛兵が優美に尋ねた。何か、気になっているようだった。
「丸腰で、強化魔法も使わずに地面をああいうことをしたらしいが、本当にお前がやったのか?」
「は、はい……」
優美は正直に答えるが、おずおずとしていた。正直に答えたとしても、器物損壊などの罪状でまだここに留まらなければならないと思ったからだ。しかし優美の予想とは反して、衛兵の口調が少し慣れ慣れしくなる。
「す、すごいな! 本当にあれを……! お前だったら、すぐにブロンズ階級から卒業できるぞ! いや、凄い冒険者になりそうだ!」
「は、はぁ……」
衛兵の口調は次第に興奮していた。優美は少し引き気味に返事をすると、牢屋の鍵が解錠された。無罪放免ということらしい。
「ということで、ここまで拘束して悪かったな。頑張れよ」
「は、はい……」
優美は無事に牢屋から出た後に、冒険者ギルドに戻った。すると優美の姿を見るなり、受付の女がこちらに駆けつけてくる。
「ナグモさん! ご無事で良かったですぅ!」
受付の女が強く抱擁してきて、優美は驚いてしまう。女特有の体の柔らかさは、元の世界の優美自体が持っていた。だからこそ良いものの、関係が深い訳でもない異性に抱きつくのはかなり良くないだろう。そう思った優美は、受付の女をそっと引き剥がす。
そして優美は女子高生なりの恋愛観で、受付の女に忠告した。
「こういうのは、好きな相手にしな……」
「ナグモさん……」
受付の女の顔は、いつの間にか赤らんでいた。自身の行動に恥ずかしがったのかと思ったが、違うようだ。受付の女の体を離しても、戻っていくようにそっと寄り添ってきたからだ。
「ナグモさん……」
気のせいとは思いたいが、もしやこれは好意を寄せられているのか。いや、優美の今の姿はおじさんであり、心は女子高生だ。そのような気など起きる筈がない。
首を横に振ると、優美は再び受付の女の体をそっと引き剥がした。
「ほら……こんなおっさんに構うな。面倒を起こしてすまなかったな」
「ナグモさん……私は……」
優美は未だに同じ表情の受付の女を見て、もう駄目だと思った。なのでこうなれば、と言葉を続ける。
「すまないが、俺には好きな女が居るんだ。だから諦めてくれ」
自身は女子高生だと言うのに、どうしてこのような台詞を言わなければならないのか。優美は内心で溜め息をつくと、そこでようやく受付の女が諦めた。しかしかなりがっかりとしている様子だ。
このような場合はどうすれば良いのかと、優美は慌てながら考える。異性にされて嬉しいこと、それは頭をポンポンと優しく撫でることである。漫画やドラマでよく見る光景だ。恋愛経験が皆無の優美にとっては、それが最適だと思った。
なるようになれ、と優美は受付の女の頭をそっと撫でた。
「ほら、仕事があるんだろ? 頑張れよ」
「ナ……ナグモさぁん……」
受付の女は泣き出してしまった。逆に不快にさせてしまったのかもしれないと、優美がおろおろとしていると他の冒険者たちがこちらに来る。明らかに敵意を向けられている様子である。
どうやらこの受付の女の名前はマリンと言い、男の冒険者たちにとってはマドンナ的な存在らしい。確かに、顔を見ればとても整っているので、人気にならない筈がない。
「おい、ナグモと言ったか、マリンちゃんに何かしたのか?」
「いや、俺は何も……」
そう言うが、他の冒険者たちは優美に疑いの目を向けている。すると受付の女が他の冒険者を言葉でなだめ始めた。それも、頬の赤色が取れないままで。
「いえ、ナグモさんは何も悪くありません。私は大丈夫なので……」
「ほらぁ! マリンちゃんがこんな顔してるじゃねぇか! おい! てめぇ!」
「いや、だから俺は……」
「私は大丈夫なので! ナグモさんとそれに皆さん、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません! さて、皆さん、依頼を受けたいのであれば、こちらからどうぞ!」
マリンが心を入れ替えてそう言うと、涙はすっかりと引いていた。いつもの冒険者をしっかりとサポートをしてくれる、ギルドの受付の人間の顔をしている。安堵した優美は、他の冒険者たちの顔を窺う。こちらに敵意はもう向けていないらしく、元気よくマリンの発言に反応していた。
突如出現した事態に見舞われたが、どうにか上手いこと収束してくれた。なので優美は依頼が貼り出されている掲示板を見ようとしたところで、とあることを思い出す。騎士団に懸賞金が掛けられていることだ。一人につき金貨一枚が懸けられているが、当然のように優美にとっては美味しい話でしかない。
それにまだ、この甲冑の残りの金貨二十枚を払っていない。手早く借金を返済するにはうってつけだ。現在の優美は、ブロンズ階級であるが故に。
なので優美は依頼を受けるのではなく、しばらくは騎士団の首を取ることにした。どうやら騎士団の首を、衛兵の居る詰所に渡せばいい話らしいので。
そう思い立つと優美は依頼を受注せずに、ギルドから出た。途中でマリンから熱い視線を感じたが気のせいだということにしておく。そして優美は街から出ると、まずは近くの野原へと赴いた。
ここには来たことが無いが、ある程度は道が舗装されている。そうとなると、それなりに人が行き来する道なのだろうか。なので優美はその道をただ辿って歩いていると、魔獣に出くわした。一度手を噛まれた兎の魔獣である。名前は分からないが、優美にとっては可愛い動物でしかなかった。現在の優美にとっても、ある意味では可愛い魔獣レベルであるのだが。
「わっ……かわいー」
ついそう言ってしまったが、幸運にも周囲に人は居ない。優美は胸を撫で下ろしながら、慎重に兎の魔獣に近付いた。狩る訳ではないのだが、ぬいぐるみのように触ってみたいと思ったのだ。今のおじさんの姿では、奇妙極まりないのは優美自身でも承知はしている。
足音をなるべく立てないように、そっと近付く。だが兎の魔獣はかなり聴力に優れているのか、簡単に逃げられてしまった。優美は肩を大きく落とすと、散策を再開させる。
途中で数人の商人や冒険者にすれ違ったが、特にトラブル等には巻き込まれていない。これではただの散歩になってしまう、優美はそう思いながらも散策を続けていった。
ある程度歩いたところで、優美は遠くで騒ぎのようなものが聞こえた気がした。耳を澄ませながら歩みを続けていくと、聞こえてくるのは悲鳴である。優美は無意識にその発生源へと走っていった。方向は道から外れた茂みの辺りだ。
「どうした!?」
優美が大きな声でそう言うと「誰か助けて!」という声が返ってきた。それも声は二つあり、男と女のものだ。明らかに助けを求めていることが分かる。優美はその茂みをかき分けて入りながら、人が持つにしては大きな剣を取り出した。
「大丈夫か!」
茂みの中に入ると、死体が一つと女が居た。その周りには反乱を起こした騎士団が囲んでおり、女の前にそのうちの一人がしゃがもうとしている。どう見ても、その女を強姦しようとしているところに違いない。証拠として、剣で女のドレスのような服を引き裂こうとしているからだ。
優美は反吐が出る感覚に襲われると、次はマリオンのようにはいかなかった。力を加減をできる筈など無いからだ。
まずは女の前に立っている騎士の元へと全力で走ると、剣でその体を切った。すぐに上半身と下半身に別れる。女は目の前で起きている更なる恐怖の為に、悲鳴すら出てこなくなったらしい。ひたすらに、口をあんぐりと開ける。
そうしている女を優美は片手でそっと抱えると、次は周囲を取り囲んでいる騎士たちの方を見た。騎士たちは何が起きたのか分からないのか、優美を眺めている。それも、何も言う言葉が浮かばないらしく。
「お前らの首を貰う」
ただ一言放つと、優美は女を抱えたまま騎士たちを次々と斬り殺していく。その姿はまるで嵐のようだった。動きが速く、そして容赦なく騎士たちの首を狩る。
地面に騎士たちの首が果物のようにどんどん落ちると、遂には最後の一人まで首を落とした。優美にとっては本気で戦ったことになるが、息切れを僅かにしているのみである。体力の凄まじさに優美は更に早く動けると思っていた。
「怪我は無いか?」
女をそっと地面に下ろしてから顔を見ると、泣いているのが分かった。優美としては同性の泣き顔を見るのは、本日二回目である。
「あの……ありがとうございます」
小鳥がさえずるような声で、女が礼を述べた。その後に服が乱れているのが分かったのか、急いで整えていく。しかし騎士が乱暴をする前に間に合わなかったらしい。服が切れており、胸部や脚が露出してしまっていた。優美は綺麗な同性の目線で、綺麗な白い肌をしているとしか見れない。
最中に、優美の視線を感じたのか「はしたない姿を申し訳ありません」と言う。服装はドレスのようなものを着ているが、いわゆるお嬢様なのだろうか。元々は庶民でしかな優美はそう思った。
「いや、気にしてはいない」
そう返すと女に背を向けた。やはり女を見続けるのは、今の姿ではよくないからだ。慌てて背を向けた優美だが、女が「そこまでされなくても」とクスクスと笑った。ゆっくりと女の方を見る。
「改めまして、このたびは助けて頂きありがとうございました。私の名前はリルン・ハイムです。私のお父様はハイムを治める地主でして……」
このリルンという女はやはりお嬢様であり、優美は先程から感じていたお嬢様オーラで眩しく思えてきた。元の世界の優美は庶民であり、クラスメイトなどにお嬢様はおらず無縁だったのだから。
外見は金色の髪に青い瞳なので、人形のようにも見えてしまう。どこかでみたような顔の気がしたが、思い出すことはできない。優美は内心で可愛いと思いながらも、状況の説明を要求した。どうして道の外れで騎士団に襲われたのか。そして近くに転がっている、騎士ではない男の死体は誰なのか。そしてお嬢様ならば、他に着いている人間は居なかったのかと。
「実は私は……恥ずかしながら、お父様と喧嘩をしたので家出をして来まして……それで、最近になって新しい執事になった者を無理矢理に着いて行かせたら……私が、お父様と家出をしなければ……一人で家出をしていれば……うぅっ……」
リルンの言葉が続いていくうちに声に悲しみが含まれていく。対して優美はうんうんと聞いていたが、次第にどのようなリアクションをすれば良いのか分からなくなる。親子同士のの喧嘩はまだしも、その後に人の死の話が入ってきたからだ。
すると優美はそうであれば、と執事の死体を見て言う。
「それなら、まずは執事の遺体を早く近くの街に持って行った方がいい。反省するよりも、先に教会に連れて行かなければ」
この世界では死体がアンデッドになり得ることを覚えていた。このまま放置していれば、アンデッドによる被害が出る可能性があり、リルンの中の悲しみが更に深くなってしまうだろう。それに執事の遺体をきちんと弔うべきだ。
優美がそう提案すると、リルンが小さく頷いた。どうやら二人は徒歩であったので、馬車などは利用していなかったらしい。なので優美が死体の傍に近付くと、それを軽そうに抱えた。見れば無残に剣で刺された箇所が幾つもある。きっと酷い殺され方をしたのだろう。
「分かりましたわ……」
リルンにとってはむごい状態だったらしく、俯いてしまったようだ。しかし教会という言葉を聞くと、アンデッドのこととすぐに結び付けることができたらしい。なので顔をそっと上げると、しっかりと「はい」と答えた。
優美とリルンは街道に入るが、街はすぐそこに見える。なので二人は足早に街に戻るとすぐに教会に入り、死体を神父の元に届けた。そして殺した騎士たちの死体のことも。
「ありがとうございました……」
教会から出ると、既に陽が傾いていた。もうじき、夜になる頃である。優美はこのまま宿に帰り、次の日に騎士たちの首を回収したいと思っていた。もしかしたら、他の者に横取りをされているのかもしれないが。
だがリルンのことはどうすべきか考えた。親と喧嘩中でも、家にしっかりと送り届けなければならない。今の優美にとっては尚更のことであるし、一人でこのまま残すのは人としてどうだろうかと思った。
なのでまずはリルンに家はどこにあるのか聞いた。
「家はどこにある?」
「隣のクゥルの隣の、ハイムですわ」
「……クゥル? ハイム?」
優美は聞いたことのない地名に首を傾げると、リルンは頬を膨らませた。
「私をからかっていますの!? クゥルとハイムくらい、誰でも知っている名前でしてよ!」
体を細い腕で叩いてくるが、当然のように痛みなどない。なのでハムスターのように、更に頬を膨らませた。その様子が小動物のようで、優美は頬を緩ませてしまう。
「どうして笑いますの!? もう、早く私を家に帰らせて下さいまし!」
「分かった。だが今日はもう遅いから、明日にしよう」
この時間に優美ならまだしも、リルンも連れて行くのは危険過ぎる。なのでそう提案したが、リルンはどこで一晩を過ごさせたらいいのか分からない。少し考えた後に、優美は苦肉の策として提案をした。
「……俺のところに、来るか?」
「えっ……?」
リルンの表情が固まっていたが、当たり前である。このような男と密室で寝泊まりするのだから。優美だって、見知らぬ男にそう言われたら即座に断るに決まっている。
しかし今の姿がおじさんと言えど、中身は女子高生である。そのような気など起こす気はない。信じて貰いたいが、信じては貰えないだろう。そう思った優美は、とある提案をする。
「何か害を与えるつもりは無い。そうだな……では、これで信じてくれ」
優美は首に提げている冒険者の証を取ると、それを見せた。まだ真新しいので、夕陽を浴びて鈍く光っていた。銅でも綺麗に見える。
「冒険者……?」
「あぁ、これはリルンが暫く持っていてくれ。俺の大事な物だ」
リルンが受け取った冒険者証を見るなり、こちらを力強く見た。どうやら、信用してくれる気になったらしい。これが無くなれば冒険者の資格を剥奪され、優美は二度と冒険者になれない可能性があるからだ。紛失した場合のことは、全く分からないのだが。
冒険者証を握ると、リルンは懐にしまった。そして優美の方をもう一度見るなり、口を開いた。
「では、ハイムまでよろしくお願いいたします。冒険者様。ハイムまでは、徒歩で二日以上掛かりますが」
「えっ、二日以上?」
優美は目的地までの所要時間を聞くなり、呆然としてしまう。そして優美の言っていた家出は想像よりも大事だということになる。口をぱくぱくと開いては閉じるを繰り返した。
「私は二日以上は歩きましたの。お父様が嫌いなので」
「でもそこまでは……」
「お黙りなさい! ほら、ナグモ! 早く休む所へ連れて行きなさい!」
優美のこの世界での名は、冒険者証に書いてある。リルンはそれを見て、名前を把握していたのだ。優美は「分かった分かった」と言うと、リルンに尻を敷かれながら宿屋に向かっていく。
二人の身長差がかなりあるせいで、道中にリルンが話し掛けてきても聞こえづらいことが多々あった。なので優美が幾度も聞き返していると、ついにはリルンの機嫌が悪くなる。何も話さないようになってしまった。
沈黙が流れる中でようやく宿屋に到着する。それまで、優美は沈黙に耐えられずに気まずい思いをしていた。解放されたのでふぅと溜め息をつくと、まずは一階部分の酒場の入口の扉を開けた。ジョンはカウンターで暇そうにしている。
「いらっしゃ……なるほど」
するとジョンは優美の隣に立っているリルンの姿を見て、何かを察してしまったらしい。この宿を利用する身としては、宿泊者がもう一人増えたと伝えなければならない。
しかしジョンは「うん、分かった」とだけ言うと、厨房へと入っていった。先程まで暇そうにしていたのは一目瞭然である。それでもジョンは下手くそな口笛を吹くと、厨房の棚などを開けては閉じる動作を繰り返していた。特に意味などないのに。
面倒になった優美はカウンターに金貨一枚を置くと自身の部屋へと入っていった。
「狭いですわね」
「仕方がないだろう。俺は床で寝るから、リルンはベッドだ」
床で寝たことがないが、この体ならば寝ることができるだろう。女子高生の体よりも、遥かに頑丈なのだから。
有無を言わせまいと、優美は床に転がった。床板が硬く、そして冷たい。本当はベッドの上で寝たいのだが、仕方がないと思いながらリルンをベッドへと促した。
「分かりましたわ」
リルンの表情は納得がいってない様子である。どこが不満なのだろうかと思いながら起き上がり、甲冑を外していく。隣にゆっくりと置いているところで、リルンがベッドの縁に座った。
よし、いいぞと優美は内心で思いながら甲冑を全て外し終えた。後はインナーのみとなり、甲冑で上手く動かせなかった部位がよく動く。解放感に包まれながら、そのまま眠ろうとした。そこでリルンが優美の隣に足をどしんと落とす。
「ん、え?」
優美は意味の分からない状況に首を傾げると、リルンはその場で優美の体を押してから隣で横になる。ベッドの上ではなく、床の上に横になる。
驚いた優美は「ベッドで寝ろ」と言うが、リルンは拒んだ。どうしてなのかと尋ねようとすると、リルンの瞳から一粒の涙が落ちた。泣いているようだ。
「……全部、私がいけなかったのです。お父様に心配をかけて、一緒に家出してくれた執事が死んで……私のせいなのです……」
「リルン……」
リルンが俯くと、瞳には気が付けば大量の涙が溢れていた。頬を濡らし、顎へと伝うと床に落ちていく。受け止めた床に大きな染みができ始めると、優美はリンルの頭をそっと撫でた。とても柔らかく、ポンポンと叩くと、綺麗な金色の髪が揺れる。顔を上げてくれたようだ。
リルンの泣き顔は、年相応であった。優美はそのようはリルンを見ると「大丈夫だから。戻って、話し合えば許してくれるさ」と言った。そしてリルンの体を抱くと、そのまま持ち上げてベッドの上にそっと寝かせる。
「だから今日は、おやすみ」
「……ん」
ようやくリルンが落ち着いてから、瞳を閉じる。目の辺りが赤く腫れており、相当に後悔していたことが窺える。
優美はそのようなリルンを見ながら再び床に横になると、そっと眠っていった。今は夢よりも、リルンのことを何とかしなければならないと思いながら。
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