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 優美はまたしても奇妙な夢を見ていた。かつてのように朝起きて支度をすると家を出て、学校に向かうというものだ。見慣れてきた道を歩き、駅に着くと人だらけである。しかしいつものことなので、慣れた様子で人混みをかきわけて改札を通る。目的のホームまで行くと、既に形成されている列の最後尾に並んで電車を待った。  すると電車が来たので、多くの人々が電車から吐き出されていく。それが終わると列がどんどん進んでいき、そして優美が電車の中に足を踏み入れた瞬間に景色が変わる。フィアにあるギルドの様子へと急変したのだ。驚いた優美はまずは自身の体を見てしまうが、それは見慣れたおじさんの姿だ。それも頑丈な甲冑を纏っている。どうしてなのかと驚き続けていると、受付にいるマリンが「ようこそ」と言った。そこで優美の夢が終わる。  目を開ければ、ここは宿の室内だった。座ったまま眠ってしまったらしい。 「夢……」  ここで元の世界の夢を見たことがあるが、この世界のものまで見るのは初めてであった。そうとなると、優美の頭の中でこの世界に居ることを受け入れてきているのだろうか。だが優美はなるべく早く元の世界に戻りたかったが、リルンのことが気に掛かる。親を亡くし住んでいたハイムという街は騎士たちに荒らされ、行くあてなどあるのだろか。  しかしこのまま考えているだけでは何もならないし、腹が減っていることに気付いた。なので優美は起き上がると、まずは酒場へと降りて行った。 「ジョン、何か食事を頼む」  酒場のカウンターにはジョンが居るので、そう話しかけた。 「いいけど、大丈夫?」 「何がだ?」  首を傾げた優美はジョンに訊ねると、肩をすくめた。 「リルンちゃんだよ。部屋に入ったっきり出て来ないんだよ」  えっ、と大きく驚いた優美はどういうことなのか詳しく質問しようとしたが、ジョンが話を続けるので黙って聞いた。優美の心には不安が押し寄せる。 「ナグモが部屋に戻った後、すぐにリルンちゃんに別の部屋を案内して、それで入ったけど、まだ出てこないんだ。ナグモがハイムから戻ってきて一日以上は経ってるのに」  一日以上経過していたことは初耳である。それよりもどうして自身のことも心配してくれないのかと不満に思ったが、今の優美はおじさんだ。見た目の通りに頑丈だとでも思われているのだろう。  内心で溜め息をついた優美だが、今はリルンのことが心配である。なのでジョンにリルンが居る部屋に案内してもらおうと思った。そこでジョンがニヤニヤと笑った。 「人前でイチャイチャしないでね」 「え?」  ジョンの発言の意味が分からない優美は、どういう意味なのか聞こうと思った。だがすぐにシラを切られると、ジョンが案内をしてくれる。宿場のフロアへと階段で上る。  リルンの部屋は、優美の隣の部屋のようだ。すると優美はジョンにこの部屋の鍵を貸してくれないかと頼むが、すぐに断られた。直後に気付いたのだが、おじさんだから断られたのだろう。おかしな話ではあるのだが、まだ女子高生の気分でいた。この世界ではれっきとしたおじさんだというのに。  おじさんであることを常に意識しなければ、と優美は奇妙なことを考える。 「あとはナグモが説得してね」 「わ、分かった」  ジョンが手をひらりと振って酒場に戻ると、一人残された優美はまずは軽く扉をノックした。 「リルン、起きているか?」  扉に向かってそう話しかけるが、返ってくるのは沈黙のみ。やはり、両親が亡くなったことにショックを受けているのだろうか。そういえばリルンが何歳なのかは分からないが、恐らくは元の世界の優美と同じ年齢だろう。同じ立場になって考えてみれば、その年で両親を亡くすということは辛いとしか言いようがない。  この後に何を言おうか言葉が浮かばないでいると、扉の向こうから微かに物音がした。途端に優美はドアを再び叩く。 「リルン! リルン! いるのか!?」 「……何か?」  扉から沈んだ声が聞こえたが、これはリルンのものだ。優美はすかさず扉に耳をつけると、弱々しい気配があることに気付いた。それを感じ取ると安堵した後に、優美は扉に向かって再び話しかける。 「そうだ、腹が減ってるから、飯を食わないか? さっき起きたところだから、俺も腹が……」 「いりませんわ」  即効で断られると、優美はがくりと項垂れてしまう。しかしこのまま引き下がる訳にはいかない。どうにも、リルンのことが心配だからだ。 「……親御さんのことは、とても辛いことは分かる。だが、そのまま引きこもっていては、何もならないぞ。いや、だからと言って復讐には走らないで欲しい。リルンにそれは似合わない」  さっきから何を言っているのか分からなくなる。これ以上は何を話せばよいのか分からなくなっているからだ。優美の考えとは反して、口が止まらなくなっていく。 「そうだ、リルン。お前さえ良ければ、俺と一緒に冒険者として生きていかないか? 一緒に旅とかをして、これ以上は他の人間に同じ目に遭わせないようにするんだ。それに、ハイムを取り戻したいとは思わないのか?」 「……冒険者? 私が何か役に立つとでも?」 「役に立つに決まっている! この世界に来たばかりだから、色んなことを教えて欲しい! 俺には、知らないことがたくさんあるんだ! リルン! 今の俺にはお前しか居ない!」  すると扉が開き、リルンが出てきた。顔はやつれており、猫背気味になっている。せっかくの可愛い顔が台無しだ、と優美は途端に口走ると、リルンの顔が赤くなっていく。 「……ッ! 貴方、さっきから何を言っていますの!」  そして扉を思いっきり閉められた後に、リルンの小さな声が聞こえた。優美は耳を澄ます。 「……私が冒険者になるとして、私にできることなどありませんわ。それに、ハイムを取り戻すだなんて……もうあそこはアンデッドまみれですわ」  ぐうの音も出なかった。そもそもリルンと何ができるのか分からないし、会ったばかりである。そのような人間相手に何を言っているのだろうかと思った。なので優美はすぐに謝ると、その場に座り込んだ。リルンに優しく語りかける。 「今からでも、遅くない筈だ」  リルンからの返事は全く来ない。それでも返事を待ち続けていると、ようやく来た。解けた沈黙をかき分け、優美は必死に言葉を聞く。 「……魔法なら、使えますわ」 「魔法か! 確かに、リルンなら使えそうだな!」  この世界で魔法に全く触れたことがないし、優美には恐らく魔法は使えない。代わりに筋力ならあるのだが。  魔法と言えば火を出したり、雷を放つことができるイメージが強い。いわゆる攻撃魔法だが、他にも戦闘の際の補助となる魔法も存在するのだろう。優美がそう考えていると、リルンは首を横に降るように否定をした。 「でも私は……通っていた学校でいつも魔法学科だけは成績が最下位で、学校に行かなくなりましたの。それで父上と喧嘩をして……うぅっ……!」  優美の中でリルンと出会ったきっかけを思い出して合点がいくと同時に、両親の死の話題へと繋げてしまったと理解した。何を言えばいいのか分からなくなっていると、とあることを思いついた。 「でも、魔法は使えるのだろう?」 「まぁ、えぇ……そうなりますわね」  頭の中でピンときた。魔法を使えるのならば、練習に付き合えばよいのではないか。生憎にも、元の世界に戻りたいとはいえ、細かい条件が分からない。平和という条件が、あまりにも抽象的過ぎるからだ。それにその平和という条件を達するには、優美一人の力だけでは不可能だと思った。一人でも多くの仲間が居た方がいいだろう。 「多分ハイムの学校に通っていたと思うけど……その、今は無いから。でも、また魔法を学べる時が来る筈だ! ……魔法を使うことが楽しいなら、練習をしないか!? いや、無理にとは言わないが……だから、リルン、わた……俺と一緒に来ないか?」  目の前には扉しか無いが、優美は真っ直ぐにそう言った。勿論本気であり、言葉の中に嘘は一つも含まれていない。もしも嘘が少しでも含まれていたら、そのような言葉が最後まで紡がれなかっただろう。しかし断られるのではないのかという不安はあった。今はリルンは不幸の最中である。どのような内容も聞き入れない可能性の方が強い。  対してリルンは沈黙を貫いていたが、しばらくすると気配が動いた。扉が、ゆっくりと開いたのだ。 「……私は、ナグモにまだ金貨百枚を払っていませんわ。いや、もう今の私はただの小娘で、何も価値がありませんわ。だから、好きにしなさい!」  リルンの顔はまるで思い切っているようであり、優美の不安など簡単に吹き飛ばされてしまう。思わず、小さく笑ってしまっていた。リルンの顔が真っ赤になったと思うと、途端に怒り出す。 「な、なんで笑っていますの!? 何もおかしいことを言っていませんわ!」 「いや、おかしいことは言っていない。ただ、期待を良い意味で裏切ってくれたから、あまりにも嬉しくて」  リルンの頬が風船のように膨らんだが、その表情がとても可愛いと思えた。同性から見ても綺麗に整った顔をしているからだ。いや、今の優美はおじさんではあるのだが。 「だから、まずはこの部屋から出よう」 「……分かりましたわ」  言う通りに部屋から出ると、優美はリルンの細い腕を掴んだ。リルンは驚くものの、何も言う気配は無い。逃げる気も無いようだが、これで大丈夫なのかと優美は訊ね直した。リルンは確実に頷く。 「まずは、食事を取るのでしょう?」  すると先程とは打って変わって、余裕そうな笑みをい浮かべて優美のゴツゴツとした手を振り払った。そしてリルンが先を行くように、階段を降りていく。優美はのんびりとした歩調で着いて行く。  酒場に降りるとリルンが既に空いた二人用の席に座っており、優美はその向かい側に座った。するとテーブルの元にジョンが駆け寄って来る。 「良かったぁ。リルンちゃんが元気になって。ところで、なんか食べるの?」  ジョンがいつものようにそう聞いてくると、優美はリルンの様子を見る。 「任せるわ」 「はいよー」  すぐにジョンが厨房へと向かうと、早速に調理をする音が聞こえてきた。優美は何が来るのだろうと楽しみにしていた。 「……まず、貴方は魔法について知っていますの?」 「何も知らないね」  優美は正直にそう返すと、リルンが肩をすくめた。すぐに呆れを通り越してしまったらしい。頭を軽く掻き、小さく笑うことしかできなかった。 「いいですわ。では、この世界の魔法、魔力はすなわち生命力と繋がりますわ」 「つまり生命力と魔力は共通してるってことか?」 「そうですわ」  優美の知っているファンタジーの世界とは、少しだけ魔法についての規則が違っていた。通常ならば生命力と魔力は別の概念として捉えられる筈だ。しかしこの世界ではそれが共通しているのだという。ならば魔力が尽きるということは死であるのか。優美はそれを質問すると、リルンは大きく頷いた。 「えぇ。そうなりますわ。ただし、ほんの数秒だけなら、他の人間から魔力、または生命力を授かることで、生き延びることができますの。ただし、その授けた側と授けられた側の人間は、永遠に魂が結びつけられて契約の状態になってしまいますわ」 「……契約?」  首を傾げると、リルンは咳払いをしてから言葉を続ける。 「えぇ。契約ですわ。授けるとはつまり、人間の理を破ることになりますの。先程は契約と言いましたが、私たちは呪いと呼んでいますわ」 「その、いわゆる呪いの内容は?」 「命を一つ結びにされてしまいますわ。例えば、私とナグモが契約を結んだとすると、どちらかの片方が死ぬと、もう片方の命が引っ張られて死んでしまいますの。だから、呪いって呼んでいますわ」  優美はこの世界の特殊なルールを聞き、恐ろしいと思えた。そして契約を結ばないようにしなければと、内容などをしっかりと脳内に刻みつけていく。  そこで食事ができたのか、ジョンが運んでくれた。なので魔法の話は一旦、中断となる。  今日の朝食は、パンと焼いた肉とスープである。しかし優美とリルンの量はどちらも同じだ。さすがにリルンは食べ切れないと心配をしたが、無駄だったようだ。リルンは目を閉じて何かをブツブツと呟いて祈りのようなものを捧げると、食事を始めた。慌てて優美はリルンの真似事をしようとしたが、何を言えばいいのか分からない。なので手を合わせてから「頂きます」と言って、目の前にある食べ物を手に取る。 「美味しいわね」  リルンは目の前の大量の食事を見ても、怖じ気づくことは無かった。相当に腹が減っていたのだろうと優美は思ったが、さすがお嬢様である。とても綺麗に食べており、惚れ惚れとしてしまいそうだった。しかしジロジロと見ると怒られてしまいそうなので静かに頷くと、それからは二人は無言で食べていく。  先に完食したのはリルンであり、優美はまだ半分以上は残っている。リルンを見習い、ここはおじさんだということを忘れて女子らしく食べようとしたからだ。だが女子らしく、いや女子高生らしさを次第に忘れてきたのかもしれない。優美は内心で焦っていると、正面から「貴方のペースで食べて下さいまし」と告げられた。こくこくと頷く。  しばらくしてから、ようやく優美は完食した。 「しかし、庶民が作った食事も悪くありませんわね」  リルンはそう言うが、綺麗に完食していた。食べ物を一切こぼしておらず、優美は強く感心するしかない。改めてリルンの育ちの良さを感じる。 「続きを話しますわよ」 「あ、あぁ」  咄嗟に背筋を伸ばして聞く体勢を取ると、リルンにくすくすと笑われた。 「契約、つまりは呪いの話までしましたわね? 次は、魔法ついてですが、これは外で話した方がよさそうですわ。外に行きましょう。人が居ない場所に行きましょう。空いた食器はそのままでよろしくて?」 「大丈夫だ」  優美が立ち上がるとリルンも続けて立ち上がった。そして厨房からちょうど出てきたジョンを見ると「ありがとねー」と言われた。リルンが「こちらこそ」と言うので、優美も何か言おうとしていたが、ただ「あぁ」としか言えなかった。少しだけ、今は年上だというのに情けないと思ってしまう。  そうしている間に外に出たのはいいが、ここは人が密集している。なので二人は一旦、街の外に出ることにした。  街を出れば、草地が点在する荒野へと出る。砂埃が舞う中で、足場の悪い地を踏みしめる。途中でリルンが何度か転びそうになったので、優美は手を取った。リルンは恥ずかしそうに顔を赤らめるが「仕方ないですわね」と言い、そのまま開けた場所を見つけると向かう。辿り着くと、リルンが再び説明を始めた。 「次は魔法ですわ。生憎にも、私は座学の方が得意で、実技は得意ではありませんの。だから、上手く教えられるかは分かりませんが……」 「充分じゃないか」  優美がそう返すが、リルンが少し考えた後に言葉を続けた。 「魔法の練習は私はあまりできませんので、今は教えるだけにしますわ。魔法は、まずは出したい魔法をイメージを、できますわね?」 「イメージ、ねぇ……」  魔法のイメージといえばやはり炎を出す等だろう。だがどこから出すのかという話になるが、やはり手の平だろう。何も無い場所に手の平をかざす。 「そのイメージを、具体的に想像して、それを念じると出すことができる、らしいですわ」  リルンの言う通りに具体的に想像する。優美の手の平から、火が勢いよく出てくるところを。そして強く念じてみるが、出なかった。思わず、リルンの方を見る。 「念じて……みたけど……?」 「もっと強く念じれば、出る筈ですわ! 多分!」  溜め息をついた優美はもう一度、まずは魔法のイメージをした。恐らくは、先程の想像では優美の能力が足りなかったのだろう。なので次はマッチくらいの火を想像する。これならば、大丈夫だろうと。  次に優美は先程よりも更につよく、つい声が漏れてしまうくらいに念じた。だがやはり魔法を出すことができない。 「……ナグモ、貴方もしかして」 「ん?」 「筋力に能力を振りすぎて、魔法が使えませんの?」  優美は耳を疑った。筋力が人並み以上にあることは分かる。しかしまさか筋力の能力値がありすぎて、魔力の能力値が全く無いというのか。これは支配者のいわゆる調整が悪いのだろう。いや、悪すぎだ。雑にも程がある。  この場に支配者が居れば一発でも殴りたくなった。それくらいに優美は怒っていた。だがその怒りを向ける場所がどこにも無いので、心の中にしまうしか無いのだが。  すると何だか悔しくなった。ファンタジーの世界に来たならば、一度くらいは魔法を使ってみたいものである。優美の居る元の世界は、魔法とは無縁の場所なのだから。心から悔しくなり、その場に座り込んだ。 「ま、まぁ、そのうちに使えるようになりますわ。また練習しましょう」  リルンがそうフォローしてくれて、優美は泣きそうになった。だが今はおじさんである。少女の前で泣く訳にはいかない。なので視界が滲んだところで耐えると、次はリルンが何も無い場所に手の平を向けた。そして目を閉じると、手の平から何かが出てきた。優美はそれに注目する。  目を凝らすと、リルンの手の平から煙だけが出てきた。それからは何も出ない。これは魔法というべきなのかは分からないが、リルンに詳しく聞いてはいけないということは分かった。 「……という感じですわね」 「わ、分かった」  次第に気まずくなっていると、リルンが声を上擦らせながら話しかける。 「そ、そうだ、私は今日から冒険者になるので、冒険者ギルドに行きましょう! 私はフィアに詳しくないので、案内をお願いしますわ!」 「そうだな! そうするか!」  こうして二人は魔法の練習などを止めると、街へと戻って行った。街に入り優美はギルドに案内した。するとギルドに入るなり、受付のマリンが固まった表情でこちらを見る。もしかして、リルンのことを知っているのかと思った。どうやら、マリンはリルンのことを見ているようだったからだ。なのでリルンに知り合いか訊ねてみると、首を横に振った。  なので優美は内心で疑問に思いながらも、受付のマリンに話しかけた。 「マリン、隣に居る……」 「そ、そんなぁ! えっ、いや、なんでもないです。ご用件は何でしょうか……」 「えっ?」  マリンはショックを受けているようだが、先程からどうしたのだろうか。優美は何も分からないまま、リルンのことを話し始める。 「隣に居るのは、冒険者登録をしたい……」 「リルン・ハイムですわ」  先にリルンが名を述べると、マリンが何かを思い出したらしい。どこかで見たことがあったのだろうかと思ったが、これ以上は踏み込むべきではないと優美は黙っておいた。 「リルン・ハイムさんですね。冒険者登録でしょうか」 「はい」  リルンがはっきりと返事をしながら、冒険者手続きを終えた。リルンの首には、優美同様に銅色のネックレスがある。 「これにて冒険者登録は終了ですが、何か質問はありますか?」 「プラチナ階級になるには、どのような依頼をすればよろしくて?」  質問する程に、いち早くプラチナ階級になりたいのだろうか。しかし優美は冒険者の階級のことなど気にしたことが無かったが、現在のブロンズからシルバーになるまで、どれくらいの依頼をこなせばいいのか。そのようなことを疑問に思ってすらいなかった。なので優美は自身も知りたいと、付け加えるように言う。  マリンが頷くと、まずは丁寧に説明を始めた。 「ナグモさんに説明する必要が無いと思っていましたが、やはり必要なようですね。依頼にはそれぞれ、依頼ポイントというものがあります。それを貯めたらいいのです。例えば、ブロンズからシルバーなら、採取の依頼が五ポイントなので、それを十回して頂けたら、シルバーへと昇格になります。ですが注意が必要で、処刑依頼はポイント対象外ですので」 「処刑……?」  優美は突然出てきた血なまぐさい言葉に、若干の怖さを思っているとマリンが「そうです」と言った後に話を続ける。 「処刑依頼というのは、犯罪者が対象になります。これは衛兵ではどうにもできない事案を、ギルドに持っていき、ギルドから冒険者の皆さんに協力を請うのです。ですがどれもかなりの凶悪な犯罪者なので危険は伴いますが、その分、報酬はいいです。たまに、その依頼だけを受注する冒険者も居る程で……」 「なるほどなぁ」  報酬が良いという点に惹かれてしまったが、今はリルンが居るのでそのような依頼から遠ざけなければならない。今はおじさんである優美だけならまだしも。 「他に質問はありますか?」  マリンがそう訊ねるが、優美は無いしリルンは「ありませんわ」と言っていた。なので冒険者についての説明が終わると、二人は依頼の掲示板の前に立つ。リルンは先程から冒険者になったばかりであるので、まずは採取の依頼からした方がいいだろう。それ以前に、優美はまだ冒険者として駆け出しなのだが。  採取の依頼はあるが、薬草の採取やキノコの採取だ。このどちらを受けようと考えていると、リルンが小さな手で薬草の採取の依頼を指差した後に、キノコの採取の依頼を差した。 「え……?」 「どちらも受けましょう。その方が何かと効率が良いでしょう? それに、目的地は近いようですし」  見ればリルンの言う通りで、どちらもこの街の近くの山が目的地である。優美は本当だと頷くと、二つの依頼の紙を剥ぎ取り受付に持って行った。 「あっ、そういえば、パーティについての説明をしていませんでしたね」  剥ぎ取った依頼の紙を提出した後に、マリンが思い出したように話し出した。 「パーティとはご存じかと思いますが、二人以上で依頼を受注される際にはこちらに一応伝えておかなければなりません。報酬が、自動的に分割されますので。パーティのリーダーはあなた方で決めて下さい」  なるほどと頷いた優美はリルンの方を見ると、同じような動作をしていた。 「分かりましたわ。では、ナグモとパーティを組んで、リーダーはナグモにしますわ」 「そうだな」  確かに、リルンにとってはこれが初めての依頼になるので、今回は優美がリーダーの方がいいだろう。なので了承をすると、マリンがそれぞれの紙に素早くサインを書き、スタンプを押していく。 「それでは、頑張って下さいね」 「はい、ありがとうございます」  マリンに見届けられながら、二人はギルドに出て目的地である山に向かう。その道中で二人は短い会話をした。 「そういえば採取するキノコの種類が分からないのだが……」  不安になった優美はそう聞くが、リルンは首を横に振った。その後に歩みを止めるので、優美は反射的に足を止めた。 「私に任せて下さいまし。アイテムの種類などは、学校の授業で習いましたわ」 「そうか、それはよかった」  優美の不安が無事に晴れると、二人は改めて歩き出した。  そこでリルンから「学校」という言葉を聞くと、優美はとあることを思った。任せて欲しいと言うならば、相当に成績がよかったのかと。学校の成績といえば、優美自身は現役の女子高生である。今の姿は、おじさんであるが。 「……リルンは、やっぱり成績がよかったのか?」 「はい、勿論ですわ! 座学だけは、常に一位をキープしてましたわ! 実技は……」  成績といえば優美は普通の中の普通だが、リルンのことが少し羨ましく思えた。言わば、体育以外の勉強はできるという訳だ。成績一位など、成績が普通過ぎる優美には到底叶わないものである。  だがリルンの表情が曇っていくのを見ると、成績が原因で父親と喧嘩をしてそれっきりもう会えなくなったということを思い出す。優美はすぐに不快な思いをさせてしまったかと思って謝るが、リルンは「大丈夫」だと返した。それが一層、優美の心が重くなっていく。 「それよりほら、行きますわよ! まずは薬草の採取ですわ! ナグモ、依頼の薬草は採ったことがありますの?」  リルンはどこか得意げな表情に変わっていった。すると空気が変わったような気がするので、優美は安堵しながらイエスと答える。 「あるぞ」 「なっ!? そ、そんな……」  かなり驚いているが、そこまで驚くことなのかと思った。しかし魔法の出し方が分からないなどと言っているので、何も分からないと思われても仕方がない。なので優美は溜め息をつきながら言葉を続けた。 「この依頼は受けたことがある。行こう。アイテム屋の店主と一緒に、薬草の採取の手伝いだろう?」 「えぇ……」  こなした依頼のことを思い出した直後に、重要なことに気付く。それはアイテム屋はハイムが崩壊したので薬草の依頼をギルドに出している次第。それがリルンの耳に届けば、何らかのショックを受けるに違いない。  なので一人でやると言おうとしたが、リルンがクスリと笑った。どうしたのだろうか。 「もしかして、私が何かで傷つくとでも? もう大丈夫ですわ。確かに、私は悲しいと思えた。それでも、立ち直らせてくれた、ナグモがいますもの。ハイムの街を復活させてから、悲しむことにしますわ」  リルンの表情は、とてもしっかりとしていた。つまりは今は悲しんでいる暇が無いのだろう。優美は頷くと、目的地へと向かった。  今回は現地集合、現地解散という具合だった。山に到着すると、早速アイテム屋の店主が話しかけてくる。 「よう! ナグモ! ……それとそのお嬢ちゃんは誰だい?」 「リルン……ですわ」  どうやらリルンはフルネームを述べようとしたが、止めたようだ。優美が顔色を伺っていると、アイテム屋の店主はそれに構わずリルンの方を向く。 「リルンちゃんか、よろしくな! リルンちゃんは薬草のことが分かるかい?」 「はい、勿論ですわ」 「それじゃあ良かった。この薬草を、一籠分採取してくれや。頼むぞ」  二人はほぼ同時に返事をすると、依頼を始めた。  薬草とはいえ、その辺に生えている雑草のように自生している。要は草抜きの感覚で薬草を採取していけばいいのだ。優美は少し慣れた手付きで、対してリルンはかなり慣れた手付きで薬草を採取していく。リルンの方が籠に入っている薬草の量が多い。  慌てた優美は、採取のスピードを上げていった。  結果は一番最後に籠が一杯になったのは優美である。その間にアイテム屋の店主とリルンはのんびり会話をしていたようだ。悔しく思いながらも、籠の中身をアイテム屋の店主に見せた。それに、依頼内容が書かれた紙も。 「おう、ありがとな! ……ほい、サイン! 書いたぜ! こんなに、助かったよ!」  そう言ってアイテム屋の店主が紙にサインを書くと、籠を三つ抱えて山を下りていった。そこで優美がもう一枚の紙を取り出す。次はキノコの採取だが流石に文字だけでは分からないので、まずはリルンに質問をした。 「この、テンエンダケって何だ?」 「テンエンダケは、食用のキノコですわ。一般的に食べられているもので、焼いても煮ても美味しいですわ」 「美味いのかぁ……」  じゅるり、と唾液が垂れそうだったが優美はそこで唇を閉める。 「テンエンダケを五つ採取するのね、分かりましたわ。ナグモ、こちらに着いて来てくださいまし」  リルンに手招きをされた優美は着いていく。歩き進んでいくにつれて木々が多くなり、太陽の光が届かなくなる。時折に太陽の光の筋を見ながら、優美はひたすらにリルンに着いて行った。  そして遭難するのではないかと思うくらいに山の中に入ったところで、リルンが立ち止まる。足元を見れば、木の根元に茶色の房を持つキノコが生えていた。優美から見れば、椎茸のようである。 「これが、テンエンダケですわ」  リルンが屈んでからテンエンダケを取ると、優美によく見せてくれた。やはり椎茸のようにしか見えないが、今は関係が無いので優美はうんうんと頷いておいた。 「さぁ、もう四つを採りましょうか」  そう言ったリルンは、周囲を見渡す。すると茶色い房が四つ見えるので、二人はそこに向けて歩き同時にその場で屈む。 「これもテンエンダケか?」 「えぇ」  リルンが頷いたのを確認した優美は、テンエンダケを一つずつ丁寧に採取していく。地面から抜いたテンエンダケをリルンに渡していくと、数が揃った。優美は一つ息を吐くと、立ち上がる。 「じゃあ、テンエンダケを五つ採ったし、街に戻ろうか」 「そうですわね」  二人は山を下りていくが、リルンが道を覚えていたらしい。なのですんなりと下山ができると、そのままテンエンダケを納品しに街のアルデンという酒場へと向かう。 「おうおう、お前が、ハイムでの作戦をぶち壊した新人の冒険者様かぁ? ったく、ギルドから聞いたときはびっくりしたぜ」  太陽はまだ落ちていないというのに、カウンター席で既に酒を浴びるように飲んでいる男たちがいるようだ。少なくとも三人は居た。それもかなりの泥酔状態で、優美に絡んでくる。 「それがどうした?」  作戦というものが何なのかは知らないが、無視をしようとすると泥酔している男が怒る。 「おいおいおいおい! 無視かぁ!? 俺達の仕事を取りやがってよぉ!」  聞くだけではハイムが騎士たちに焼かれ、占拠状態のところをどうにかしようと、作戦を立てていた者がいたらしい。しかしそれが公式のものか分からないでいると、泥酔している男が「ゴールド以上の奴らを集めて、作戦を立ててたんだぞぉ!?」と言う。なので公式のものだということが確信した。  だからと言って、どうして昼間から飲んでいるのだろうか。この男たちは。リルンの顔を見ると、まるで泥酔している男たちを蔑むような目で見ていた。優美としては、かなり怖い。  するとリルンの視線の意図に気付いた男たちが、リルンの方へと絡んでくる。さすがに危ないと思った優美は、リルンを庇う。至近距離に男たちがいるので、とても酒臭い。優美は顔をしかめた。 「おいやめろ。この子には用が無いだろう」 「あぁ!? うるせぇ……なぁ!」  男が優美に殴りかかっててきたが、動きがかなり遅く見える。なので飛んできた拳をしっかりとキャッチをすると、男が眉を寄せた。 「本当はお前一人でハイムの騎士を全滅させたんじゃなくて、どこかのゴールド以上の冒険者たちと、俺達に秘密で先に行って騎士を狩ってたんだろ! ふざけんな! 俺達は、騎士の首がたくさん取れるって期待してたのによぉ!」  男の言うことは心底どうでもよくなってきた。それよりも、リルンに絡んできたことは断じて許せない。なので受け止めた拳を、力強く握る。男からは、控えめな悲鳴が上がった。 「いてぇ、いててて、いて」  少しは加減したつもりだったが、どうやら男の手がゴキゴキと骨が軋む音が鳴っていた。骨が折れてしまうのかと思った優美は、咄嗟に手を離す。だがそれでも男は脂汗をかきながら睨んできた。 「去れ」  優美が低い声でそう言うと、男たちは舌打ちしながら、カウンターに金を置いて去っていった。 「すみません、お騒がせして」  改めて酒場の店主を呼ぶと女が出てきたので、テンエンダケ五つを納品した。そして紙を渡してサインを貰うと、依頼は終了だ。後はギルドに持っていくのみである。  なので二人が酒場から出ようとすると、店主に呼び止められた。 「……本当に、あんた一人でハイムに行って、騎士たちを蹴散らしたのかい?」 「いえ、半分は合っていて、半分は違います。恥ずかしながら、殆どの騎士を取り逃がしてしまいまして……」 「でも一人で戦おうとするのはすげぇよ……まぁ、ただな、ああいう客がうちに頻繁に来るもんだから、もう少しタイミングを図って貰いたかったな」 「すみません」  優美が頭を下げて謝ると、店主は「そこまでしなくていい」と言うので顔を上げた。そして改めて労いの言葉を受けると、二人は酒場を出る。 「……私が考えも無しにナグモにハイムに行ってきてって言ったせいで……」 「気にしなくていい。それより、早くギルドに行くぞ。依頼達成の報告をしなければ」 「そうですわね」  二人はギルドに行ってから報告をすると、報酬を貰った。だがどちらにしても貧相な金額である。リルンに至っては、銅貨が硬貨なのか分からない程だ。マリンがそれを見てポカンとしながら依頼完了の手続きをする。  今日はもう採取の依頼は無いので、二人はジョンの酒場へと帰ることにした。ちょうど、ナグモの腹から音が鳴ったからだ。  そして酒場で食事が提供されると、ジョンも加わってから、三人で楽しい時間を過ごしたのであった。ジョンは接客などを忘れるくらいに。  リルンの作り物ではない笑顔を、優美はそっと見ながら。
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