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 優美たちはそれから採取の依頼を幾つかこなし、ほぼ同時にシルバー階級となっていた。  そこでフィアの隣であるヤイダール、すなわち王都へ行こうと思った。目的はいち早くハイムの状況を何とかする為に、主にリルンが王に直接説得することだ。これを提案したのはリルンであり、あまりにも側が何もしてくれないが故に。  依頼の合間に主に優美が騎士を何人も殺していったので、レイシオに返す金も纏まった。おおよそは三十人くらいは殺しただろう。借金を返す金を引いても、かなりの余裕がある。  なのでレイシオ武具店に行くと、防具代である借金を返した。最初はリルンは借金があると聞くと、顔を引きつらせていたが、どうにか説明をすると納得してもらえた。それでも、借金は二度としないで欲しいと言われる。お嬢様でも、金に関してかなりしっかりとしていると思った。  宿屋を出る際にジョンにヤイダールに行くという報告をすると、呑気に「また来てね」と言ってくれた。優美はジョンらしいと思いながら、宿屋を出ようとする。そこでジョンに呼び止められた。 「まだ数日分残ってるから、残りの分、ちゃんとうちで使ってね。待ってるから」 「あぁ、ありがとう」  礼を言うと、ジョンが笑顔を見せながら見送ってくれた。リルンも緩やかに手を振ると、じっとこちらを見た。これは優美も手を振れということらしい。なのでジョンに向けて手を振るが、今はおじさんである。このようなことをして、違和感しか無いのだろうかと考えていた。  ようやく宿屋から出ると、まずは旅の準備をした。ここからヤイダールまでは長い。距離からして、おおよそ三日以上はかかるらしい。王都であるが故に、砂漠という困難に囲まれているからだ。  主に水を買い求めるが、魔法のアイテムで圧縮できるらしい。目方では一リットルの水につき手の平のサイズにまでが限界とリルンが言う。その魔法のアイテムとは、一見するとただの胴体くらいはある太い筒のような箱であった。これは背中に背負うものらしい。街中にある商店でそれを見たときは驚いたが、本当に水が圧縮されて水が入っていく。原理を聞こうとしたが、何も分からない馬鹿だと思われかねないので止めておいた。  念の為に水を五十リットル買うが、それにすぐに収まった。それに今の優美が持っても、重さを感じないくらいに軽い。それに椀を二つと食料を三日分買うと、旅の支度が整った。所持金の残りは金貨七枚だ。二人はすぐに街の外へ出る。 「そのアイテムの原理を知りたくはありませんの?」  するとリルンがそう話しかけてきた。優美は途端にそれに食いつくと「知りたい!」と即答する。リルンはクスクスと笑った後に説明を始めた。 「その箱の内側には、中位の空間魔法陣が描かれていますの。水を入れると魔方陣が反応して、圧縮されて入りますわ」 「なるほどなぁ。ありがとう、リルン」  納得した優美は笑顔でうんうんと頷くが、途端に顔を赤くした。どうしたのか訊ねるが、リルンは何でもないと言うばかり。なので言及を止めると、二人は歩き出した。  街の外は荒野になっており、緑は少ない。砂漠までどれくらいの距離があるかは分からないが、なるべく道中に生えている木の実などをリルンに教えて貰いながら採取した。  そして夜を迎えると野宿する場所を決める訳なのだが、優美は疲れていない。しかしそれではリルンに気を使わせると、疲れたふりをする為にわざと溜め息を何度も吐く。  リルンはお嬢様であるし優美は中身は女子高生だ。なるべく草むらを避け、虫などが居ない場所がいいだろうと思った。なので探していくと、丁度よい洞窟を見つける。優美がそれを指差すと、リルンが賛同をしてくれた。なので二人で洞窟に入る。 「ナグモは……誰かとこうしたことはありますの?」  リルンが遠慮がちに聞いてこたが、気を使ってくれているのだろうか。  そういえば中学生の頃などは、学校の行事でキャンプをしたことが何度かあった。なのでそえれを思い出しながらうんうんと頷くと、リルンは食いつくように質問してくる。優美はあまりの勢いに驚きながらも聞いた。 「それは、異性ですの!? どのような関係ですの!?」 「えっ……同性で、クラスメイトかな……?」  そう答えると、リルンは安堵をした。 「よかった……」 「よかった?」 「いえ、こっちの話ですわ。何でもありませんわ」  誤魔化すような口調で返されると、優美は気になってきた。なので詳細を聞こうとするも、リルンが顔を赤らめてかそっぽを向き先を歩く。優美は「ごめん……」とリルンの小さな背中に向けて呟いた。しかし何も返ってこない。火も何も無く、洞窟の中は真っ暗だ。なのでリルンの心配をした優美は細い手を持ち、こちらに引き寄せる。 「危ないから、こっちに居て欲しい」 「えっ……」  暗闇からリルンの呆けた声が聞こえたが、それを無視して洞窟内を歩く。どうやら自身には暗闇でも目が慣れたら少しは見えるようになるらしい。なのでそれを活用しながら、リルンの体を庇って歩いていく。途中でリルンの足が何かに躓いたりするのを見ると、疲れていることが分かった。  この洞窟はどうやらかなり小さなもののようだ。すぐに行き止まりに辿り着くと、リルンにそれを伝える。二人はその場でそっと腰を下ろし、荷物を近くにおいた。二人で隣り合わせになる。 「俺が起きているから、寝ていろ」 「でも……」 「遠慮するな。疲れただろう?」  図星だったのか、リルンは何も言い返せないでいる。こちらからも表情が見えないが、焦っているだろう。そう思いながら、リルンの頭を精巧な人形に振れるかのようにそっと撫でる。  最初は「あ、あぁ……」と返事が朧気であり、肯定とも否定とも取れないものであった。しかし次第にリルンの声が小さくなったと思うと、そのまま眠っていく。しまいにはリルンの小さな頭が優美の今は逞しい肩や腕にもたれかかった。 「おやすみ」  優美が小さく呟き、そのまま静かな夜を過ごしていた。  ※  朝になると、優美は少し寝てしまっていたらしい。同時に腕に何か違和感があると思い見れば、リルンが抱き枕の要領で優美の腕を抱いていた。リルンの体はとても柔らかく暖かく、優美は元の世界の姿が恋しくなる。だがここは夢の世界ではないので、元の世界の恋しさを断ち切った。  気付けば胸が当たっているが、それは小さいものだった。なので優美の腕と密着している。外からの朝日が僅かに入ったが、リルンの寝顔がしっかりと見えた。年相応の顔をしており、それに何と言っても可愛い。この一言に尽きる。  優美はしばらくリルンの寝顔を見ていると、ようやくリルンが意識を取り戻したようだった。 「んっ……んー……えっ、何ですの!?」  リルンが大きな声を出すと、洞窟中にそれが響き渡った。優美は耳がキンキンすると、手で耳を押さえようとする。そこでリルンが優美の腕から離れる。柔らかさや暖かさが無くなり優美は寂しく思っていると、リルンが頬を赤くしながら弱く睨んできた。 「乱暴なことを、していないでしょうね……!」 「してない」  言葉に対して否定をするが、リルンからの疑いは晴れなかった。なのでこれはどう言っても無駄だと思うと、荷物から食料と椀を取り出す。 「朝食」 「……分かりましたわ」  観念をしてくれたリルンは素直に食料と椀を受け取る。そして優美の分も取り出すと、短時間で食べていった。腹が満たされると、二人はすぐに洞窟を出てから出発する。王都への方角は分かっており、次第に緑が減っていく方だ。それに沿ってひたすらに歩いていく。  しかしリルンの様子がおかしくなっていった。疲れにより、足元が覚束なくなっていったからだ。優美がそれを案じるが、リルンは否定をするばかり。 「……仕方がないな」  優美は少し考えると、とあることを思いついた。リルンはこのまま休憩してばかりでは、駄目だと思ったのだろう。それならばと、リルンの体を易々と持ち上げる。 「な、何をしますの!?」  まずはリルンを横抱き、いわゆるお姫様抱っこをする。背中は今は荷物で空いていないからだ。リルンが弱い力で優美の体をぽかぽかと叩くが、勿論優美には効かない。 「止めて下さいまし! 一人で歩けますわ!」  顔を熟した林檎のような色に染め、そして上目遣いでこちらを見ている。やはり可愛いと思いながらも、首を横に振った。 「だめだ。行くぞ」  異論など一切聞かずに歩き始めると、次第にリルンの口数が少なくなっていた。チラリと見れば、睨まれていることが分かる。怒らせたのを分かりながら、優美にとって痛い視線を浴びながら、とにかく前を進んでいった。  途中に村などはなく、優美としての適度な休憩を取りながら歩いていった。すると次第に草を見かけなくなり、代わりに土や砂が見えてくる。もうすぐ、砂漠に入るのだろう。砂漠といえば太陽からの光で暑い、そう思った優美はリルンにとある頼み事をした。 「布か何かで、日陰を作ってくれないか?」 「日陰……?」  優美に大人しく抱かれているリルンは少し考える素振りを見せると、少し遠くを指差した。 「向こうに、日よけに使える大きな葉っぱがありますわ。それを取って、日よけにすればいいですわ」 「なるほど」  リルンが指差した方向を見れば、確かに大きな葉があるのでそれを慎重に取っていく。確かに大きな葉であり、まるで傘のようだった。これならば良いと、優美はリルンに礼を述べる。  するとリルンが傘のような葉を奪い取るので、優美は慌てて取り返そうとした。そこでリルンが言葉を少し詰まらせながら、ボソボソと何か言う。 「し、し……仕方がないから、持っていてあげますわ……」  優しい、なんとも優しい。優美はそう思いながらもう一度礼を述べると、リルンが作ってくれた日陰に落とされながら砂漠に入っていった。  見渡す限り砂ばかりで、植物は無い。その代わりに何かの魔獣や人間の骨が幾つも埋まっていた。朽ちているものや、まだ真っ白いものまである。やはりここで脱落してしまった者が多いのだろう。  水を定期的に飲みながら、優美は砂を踏みしめていく。  砂の丘をどれくらい越えたのかは分からないが、ようやく陽が沈もうとしていた。その頃には温度が下がっていき汗が引き、次第に寒くなってきていた。リルンはさすがに日よけは必要ないと判断して、既に葉をぶらぶらちぶら下げている。 「……休憩はしませんの?」  正直、優美に疲れはない。洞窟の時のように疲れたふりをしたい。だが景色は相変わらず変わらないので腰を下ろす場所も、テントもない。なのでこのまま歩き続けるしか無いようだ。 「もう少し、歩いてみるよ」 「ナグモ、あなたは私を抱えてずっと歩いているのではなくて?」 「そうだが……」  何か言い訳を考えるが何も思い浮かばない。なので優美はふと空を見上げると、綺麗な星が出ていた。この世界でも、かつて居た世界のように星が夜を輝かせてくれる。それに気付かなかった優美はふと「綺麗だな」と呟く。 「この星は、ハルヤという神が作ったと言われていますの」 「ハルヤ?」  聞いたことのない言葉に首を傾げていると、リルンが話を続けた。 「ハルヤは全知全能の神であり、この世界を司る存在ですわ。ナグモは、ご存知ではなくて?」 「あぁ」  リルンに「本当に何も知らないのか」と言うような顔をされるが、優美は笑うしかなかった。  ハルヤという言葉を初めて聞くが、優美はふと心あたりを思い出した。この世界に連れて行かれる時に調整や、世界を救えば元の世界に戻してくれると言っていた者だ。もしやその者がハルヤという名前であり神。そう思ったが、優美はまさかと思いながら、リルンにハルヤという神のことについて話を聞いていく。  リルンの説明はとても長かったが、何も知らない優美にとっては分かりやすい他に無かった。すんなりと理解していくと、リルンを褒める。 「リルンは凄いな」 「当たり前ですわ! あら……眠たくなってきましたわ。少し、眠りますわ……」  するとリルンは電池が切れたように目を閉じると、そのまま眠り続けていく。リルンの寝顔は相変わらず美しい、そう思いながら優美は足をひたすら動かす。  リルンが眠ると、優美は途端に歩くことが退屈になっていた。話し相手もおらず、景色など全く変わらない状況だからだ。リルンが寝るまで、全く気付かなかったことだった。  このままでは退屈で腹が立ちそうである。しかしそうだからといってリルンの睡眠を妨害する訳にはいかず、優美は淡々を歩くしかなかった。夜空で綺麗に輝いている星々を見上げ、そして砂の歪な水平線を見ながら。  ※  どれくらい時間が経過したのだろうか。ようやく陽が昇ると太陽の光が強く差し込み、気温が上がっていく。あまりの眩しさに優美が目を細めていると、リルンが目を覚ましたようだった。 「ん……?」 「おはよう、リルン」  立ち止まってから顔だけを動かす。リルンはまだ寝ぼけたような、ぼんやりとしたような顔をしている。どのような顔をしていても可愛らしい、そう思いながら優美は朝食は必要か聞いた。だがリルンは首を横に振るので、せめてでもと一旦リルンを立たせる。そして背負っている荷物から椀と水を取り出した。圧縮されていた水を椀に注ぐと、リルンにそれを渡す。  未だに意識がぼんやりとしているらしいリルンは、無言で受け取っていた。水をすぐに口にすると、目が覚めたらしい。小さな声で「おはよう、ナグモ……」と返してくれていた。 「また、日よけの葉を持っていてくれるか?」  ついでに別の椀を取り出してから優美も水を飲むと、再び荷物を背負った。そしてリルンを横抱きにしようと、おいでと手招きをする。リルンは素直に「分かりましたわ」と言う。  なのでリルンを横抱きにして、日よけの葉を持ってもらうと顔のあたりに日陰ができた。なので快適に思いながら、優美はどんどん歩き進んでいった。昨日よりも歩幅が広く、そして速度までも上がっていきながら。  この日は一日中歩いており、時折にリルンが食事を取れと騒ぐので優美はそれに従っていた。そしてリルンも同じタイミングで水分補給をしながら、延々と続いていそうな砂を踏んでいった。  そして陽が沈んでからまた昇ると、ようやく街の輪郭が見えてきた。だが王都なのでかなり大きい。まるで、王都がこの世界の全てに根付いているかと思える程に。 「あれが王都か?」 「そうですわ」  優美はそこでとあることに気付いた。リルンは王都に行ったことがあるのかどうかと。 「王都に行ったことがあるのか?」 「ありませんわ。初めてですの」  てっきり行ったことがあるのかと思ったが、行ったことがなかったらしい。では王の元までどう行くつもりなのかと考える。一端のシルバー階級になりたての冒険者二人では取り合ってはくれないだろう。最も、リルンはハイム家の娘ではあるのだが。  なので何か伝はあるのかを訊ねてみると、それもまたリルンは首を横に振った。優美は一瞬だけ体ががくりと崩れかける。あまりにも、リルンが無計画だったからだ。 「……何も考えていなかったのか?」 「そうに決まっていますわ。あとは、到着してから考えましょう」 「えぇ……」  優美は短い溜め息をつくと、歩くことを繰り返していった。  ようやく街の輪郭が大きく見えてくると、もうじき到着するということが分かる。優美は長い旅だったと思いながらも歩き続ける。だがそこで優美は疑問に思った。王都まで、誰ともすれ違わなかったからだ。王都ならば、商人などとすれ違っても良い。しかしこの世界にはリルンと二人きりだと勘違いするくらいに、静かで閑散としていた。 「王都に着いたら、まずは休憩しましょう。ナグモ、あなた疲れているのでしょう?」 「……ん? いや、そこまででもないが、念の為にそうしよう。分かった」  素直に頷いていると、ようやく王都の土地を踏むことができた。足元は砂から舗装された道へと次第に変わっていく。街の端ですらこのような道があるのならば、中央部分の全ての道がそうなっているのだろう。優美はそう思った。  遠くには大きな城が見え、それに集うように様々な造りの建物がある。王都なだけあって、かなり賑わっているのが分かった。そして目の前には次第に人混みが見えるようになっていく。  途中で様々なとすれ違う。さすがに街中には人が居るが、リルンは横抱きをされているのが恥ずかしくなってきたらしい。人々が、抱えられているリルンを見てクスクスと笑うからだ。リルンが下ろすように言うと、優美は「はいはい」と返事しながら道の端に移動して慎重にリルンの足を地面に着けた。 「まずは適当な宿屋を探しますわよ」 「あ、そういえば、リルン、部屋は……」 「同じでいいですわ! 資金繰りが難しいのは分かっていますわ! 私だって、それくらい我慢できますの!」  今はおじさんであるので、優美は少し傷ついた。確かに、優美だっておじさんを見れば我慢などと言いたくはなる。なので「ごめんね……」と小さく謝ると、宿屋を探していった。  途中に街の中央部分へと案内する看板や、たくさんの宿屋がひしめいていた。この周辺は街への入り口部分なので、宿屋の需要が高いのだろう。実際に、優美たちと同じく冒険者のような者たちを何組も見かけた。 「どの宿屋がいい? 希望はある?」 「特にありませんわ」 「そうなのかぁ……」  特に無いが一番困る回答なので優美は頭を弱く掻いていると、ふと目の前の宿屋が目に入った。割と新しくできたのか、綺麗な外観をしている。基本は煉瓦造りだが木なども使われており、一言で言えばおしゃれと呼べるものだ。それに人の往来があるので、そこにしようとした。リルンにここはどうかと提案する。 「え……? そうですわね……はい、ここでいいですわ」  一瞬だけリルンは難しい顔をしていたが、建物の綺麗さを見るなり頷いた。リルンの目に敵って良かったと、優美は安堵をする。なのでまずは宿屋の看板を見る。名前は「パーパス」と言うらしい。少しだけ、珍しい名前だと思った。覚えやすいので、特に不満は無いのだが。  宿屋に入ると、フロントに居る身なりを整えた女の従業員が「いらっしゃいませ」と丁寧に頭を下げて出迎える。それに屋内は木の良い匂いがして、優美はふとこう思った。もしかして、ここはかなり高い宿屋なのではないのかと。  現在の所持金は金貨七枚である。ジョンの宿屋のように何泊もする訳にはいかない。だが今の優美はおじさんであり、男気のようなものを見せなければ世間体的に悪いだろう。これは仕方がなうと思った優美は、フロントにじりじりと進んでいく。そうしていると、リルンが先に従業員の女に話しかけた。優美は声が出そうになったが、どうにか抑えながらリルンを見る。ここは、耐えるべきだと。 「宿泊したいのですが」 「何名様ですか?」  リルンが何かを見せながら女の従業員と話しているので、優美は近付いた。リルンの隣に立つと女の従業員が「二名様ですね」と言った後に、目を閉じてから何やら呪文を唱えた。魔法のようだが何の魔法なのかは分からない。なのでリルンに聞こうとしたが、この世界では常識だったら嫌なので止めておく。  そして従業員の女が呪文を言い終えると、二人の目の前に頑丈な木製の扉が現れた。優美は驚く一方で、リルンは「凄いですわ……!」と感動していた。 「では、ごゆっくり」  扉の向こうで女の従業員の声がしたが、優美はまだ金を払っていない。なので扉から覗くようにそれを言おうとしたが、リルンに手を引かれてしまった。扉の中に入ってしまう。 「なっ、おい、リルン……!」 「どうしましたの?」  気付けば、どこかの部屋の中に居た。清潔な見た目のベッドが二つあり、椅子が二脚と小さなテーブルが一つある。壁や床は木製でとても簡素で、綺麗な部屋だ。  優美は驚いて部屋の中を見回していると、リルンはベッドにダイブしていた。ばふん、とベッドから音が鳴る。 「金を払っていないのだが……!」 「宿泊代? それなら心配いりませんわ。ハイム家の名を言うだけで、相当に豪華な宿屋でなければ、無料で泊まらせてくれますの。この、ネックレスで」  するとリルンが懐からネックレスを取り出した。懐中時計のように銀色の大きなペンダントが付いており、模様が刻まれている。その模様は何の模様なのかは分からなく、幾つもの丸が重なっていることしか分からない。優美は首を傾げた。 「これは?」 「これはハイム家の紋章ですわ。ハイム家の者だと証明できるもので、これを見せれば何か優遇して貰うことができますの」  得意げな顔をして笑みを浮かべるリルンだが、それは早く言って欲しいと思った。なのでそれを言おうとすると、リルンが「ただ……」と付け足す。 「これは、あまり使いたくありませんの。血筋に、たまたま生まれたこの血筋に、甘えているような気がして……」  するとリルンの顔がどんどん沈んでいくので、優美は慌ててフォローする言葉を探した。しかし何も見つからないまま、室内の空気がどんよりとする。  どうにかしなければと思っていると、リルンの顔がゆっくりと上がっていった。 「そんなことよりも、行きましょう。王の元に。ナグモは疲れていないのでしょう?」 「あ、あぁ、そうだが……」 「そうなのであれば、早く」  リルンが何かを誤魔化すように、優美を急かす。だがそれに気付く暇が無い優美は背中に背負っている荷物を部屋の床に置くと、リルンと共に扉を開けた。そこは、先程のフロントである。またしても驚いてしまった優美は、様々な箇所を見てしまう。そして振り返るが、目の前には借りた部屋がある。  仕掛けが分からないでいると、リルンが小声で「後で説明しますわ」と言うので、優美は扉を閉める。すると扉が消えた後に、リルンと共に宿屋から出た。 「あれは魔法ですの」 「魔法……?」  街の中央にある、王の居る城は遠くに見えるので分かっている。なので歩きながらリルンの説明を受ける。 「上位の魔法で、亜空間に何かを生成するものですわ。これはかなりの技術と魔力が必要で、使える者は滅多に居ませんわ」 「なるほどなぁ……」  魔法が使えない優美はただ呆然としながら頷きながら、道なりに進んで行く。どうやら気軽に行くことができる場所らしく、城までの道はきちんと舗装されていた。途中に上り下りの階段や、坂道もある。周りには主に煉瓦造りの住宅や店が並び、かなり賑わっている。  人もかなりの往来をしており、今は図体の大きな優美は特に問題は無いが、華奢なリルンとはぐれてしまいそうだった。リルンには腕にしがみついてもらっていたが、途中で面倒になった優美はリルンの体を持ち上げる。そして肩車をすると頭上でリルンが足をばたつかせ、頭をぽかぽかと弱い力で叩いてくる。優美にとっては痛くも痒くもないので、平気である。 「どうしてですの!? 私は子供ではありませんわ!」 「そこか……すまんがリルン、このままで居てくれ。すぐに降ろすから」  そう言ってどうにか宥めると、優美はひたすらに綺麗な道を進んで行った。見える城が次第に大きくなると、近付いていくのが分かった。王と話すのはリルンであるので、優美は何もしなくてもいいだろう。そう思いながら、呑気に歩いていく。 「もうすぐだな……」  道に衛兵が多く見えたところで、優美はようやくリルンをゆっくりと地面に降ろした。見ればリルンの頬は限界まで膨らんでおり、これは相当に怒っているのだろう。なので王との話が終われば、何か美味いものでも買ってやろうと思った。  そしてリルンの後ろに着いて行くと、ようやく城の門に辿り着いた。見上げれば、城が高くそびえている。高層ビルのような高さがあり、優美は口をあんぐりと開けていた。この辺りには木が植えられてあり、建物は一切無い。それに衛兵以外に人は居なくなっていた。  近くの衛兵が二人の存在に気付くと、リルンが無言でハイム家の紋章を見せた。衛兵が引き下がる。改めてリルンの血筋の凄さを痛感すると共に、この血筋に振り回されていることを想像した。 「何をしていますの? 早く行きますわよ。もしかして緊張して……」 「してない! してないから! 行こう!」  余計なことは考えないようにしながら、優美はリルンの後を着いて行った。  門を潜ると、すぐそこに城の入り口があった。衛兵が等間隔に配置されており、こちらを睨みつけてくる。ここまで入って来ても警戒されるのは当たり前だ。優美が溜め息をついていると、リルンが近くの衛兵に紋章を見せる。すると衛兵が周囲に向けてジェスチャーを送ると、警戒が解けた。張り詰めていたような空気が、一気に崩壊する。 「凄いな……」 「ふふっそうでしょう?」  リルンの笑みは止まらなかった。それでも、全く腹など立たない。やはり血筋は、とてつもない力を持っているのだと思った。そうしていくうちに、城の中に入った。すぐそこには開けた場所があるので、ここは玉座の間である。石の壁や床が張り巡っている。  遠く離れた場所に一人の男が座っていた。灰色の髭を生やし、逞しいシルエットを持っている。玉座のようなものに座っているのだが、あれこそが王なのだろう。リルンはすぐに硬い床に片膝を着けるので、優美はそれに倣った方が良いと思えた。すぐにリルンの真似をする。  ちらりと王の方を見ると、二人が入る前から落ち着いたチュニックを着た男と話しているようだった。なのでかリルンは頭を下げてから沈黙をするので、優美も当然のようにそうする。他の者から見れば、ハイム家の家来とでも思われているだろうと思ったからだ。 「……うむ、それで、この者たちは?」  すると男と話し終えたのか、王は二人に向けてそう言う。なのでリルンが懐から紋章を見せると、王は「ハイム家の者か」と呟く。素早く身分が証明できて、何と便利なのだろうか。 「リルン・ハイムです。本日は突然押しかけてしまい、申し訳ありません。実は、お願いがあってまいりました」 「ほう?」  リルンが顔を上げるので、優美も急いで上げた。見れば王は灰色の立派な髭を撫でていた。頭にはシンプルなデザインの王冠が乗っており、あれは何でできているのだろうかと優美は考えてしまう。だがそうはいかないと自身を律すると、何もしてはいけないとひたすらに黙る。 「少し前から、この国、ゾアマー国の騎士団がクーデターを起こし、ハイムに居た人々が無残にも殺されてしまいました。そして、私の父や母も……なので、どうか助けてもらえないでしょうか」  そう述べた後にリルンが深く頭を下げるので、優美も慌ててそうした。  対して王は黙っている様子だが、何か考えているのだろうか。我が国の騎士団がそのようなことをするのはあり得ない、または分かったと返事をしてくれるのか。  優美は何だか緊張していると、王が口を開いたようだ。 「顔を上げてくれ」 「はい」  リルンやそれに優美も顔を上げると、王の顔は穏やかであった。どうしてなのだろうかと首を傾げそうになる。すると、王の口が再び開くので、二人は王を凝視しながら話を聞いた。 「断る」 「なっ……!?」  先に驚愕の声を上げたのは、優美の方だった。あまりにも予想外で、そして無慈悲過ぎる答えだからだ。そしてリルンは口をあんぐりと開けていた。優美と同じ感情が起きたのだろう。 「どうしてですか……!? どうして、どうして断るのですか!? あなたの国の民が、困っているのですよ!?」  すると優美の中で何かが切れたのか、膝を上げて立ってからそう口走っていた。だが王はそれを聞くなり、おかしそうに笑う。次に優美は、どうして笑うのかと怒りがこみ上げる。 「理由を、聞かせて貰えますか?」  リルンが優美の前に手を出し、制するように止めた。なので優美の瞬間的な怒りは収まるが、まだ納得した訳ではない。ひとまずは、腰を下ろして膝を再び着ける。 「理由? 何故お前らに言わなければならない? 関係のないことだろう?」 「関係はあります。現に、私の家があったハイムが騎士に襲われたので」  冷静な論戦が繰り広げられるが、優美の怒りが沸々と上がっていく。ここまで怒るのは、人生で初めてである。しかし隣に居るリルンの立場上、優美は何もしてはいけないと思った。なのでなるべく怒ることをしないように、顔を伏せる。 「……分からないのか? 私が騎士たちの暴走を放っておいている理由が。それはな、他国との戦争が今は無いことと、この反乱により騎士団の強さを見せつける為だ。生憎にも、ヤイダールは砂漠という障害があるから騎士たちは来ない。だから、うってつけだろう? それに、ハルヤ様に……」  優美は王の言い分が馬鹿でしかないと思った。なので静かに立ち上がると、この場を去ろうとした。そこで、リルンに手を引かれて止められる。まだ、話し合いは続いていると。  王の顔を見れば、こちらを挑発しているようにも見える。相当に、下衆な性格をしていると思うと、内心で唾を吐いた。よくも国民を前にそのような態度が取れると。 「話はこれで終わりかな? では、私の話を聞いたからには……生きて返す訳にはいかない」  王が片手を上げると、数人の兵士がこちらを囲む。優美は咄嗟にリルンの体を抱きしめると、その場で足を曲げ、力の限り飛んだ。石の床がぼこりと凹む。すると兵たちの身長をゆうに越え、入口へと着地した。逃げるように走ると、後ろから兵たちの「追え!」という声がこだまする。優美は必死に走った。  兵に剣を向けられるが、刀身を殴り真っ二つに折った。飛んで来る矢は全て見切り、避けていく。なので兵たちは優美のその姿を見て「あいつ、化け物だ……!」とどよめいていた。優美はそれでも走り続け、まずは門の前に到着する。目の前に兵たちが立ち塞ぐ。 「止まれ! そこを動くな!」  数人の兵は剣を向けるが、まずは優美は一人の兵の前に立った。そして刀身を殴ってへし折ると、剣を折られた兵の腰が抜ける。顔が青ざめていた。 「ひ、ひぃ……!?」 「おい、何をしている! 剣を折られたくらいで……!」  他の兵達が剣を改めて向けると、優美は肩をすくめた。リルンを肩へと抱えながら器用に大きな剣を抜くと、それを向き返す。あまりにも大きな剣なので、兵たちが「鉄塊だ……!」と驚く。 「そこをどけ」  そう言いながら、優美は剣を振るった。すると兵の首が綺麗に切断され、体が真っ二つになった者も居る。幸いと言ったら良いのか、生き残った者が居た。  しかしできたばかりの死体を見るなり、口から泡を吹いて失神してしまった。これで、優美たちの目の前の障害は無い。素早く走り、門を抜ける。そして次第に街に入ると剣をしまい、リルンを抱えたまま身を隠す場所を探した。後ろから兵は追って来ていない。 「ちょっと、ナグモ!」 「なんだ?」  走る速度を落としながら返事をすると、リルンが体をぽかぽかと叩き始める。これは、どうやらリルンは怒っているようだ。なので優美は真面目に聞く為に、裏路地に入った。  人気がないのでそこで止まると、リルンをようやく降ろす。 「戦い方が乱暴過ぎますわ!」 「えぇ……そう言われても……」  何と言っても、優美は女子高生である。これをこの世界の人間には言えないので、他の言い訳を探そうとした。そこで自身の首に提げている真新しい銀色のネックレスの存在を思い出す。これを言い訳にしようと思ったのだ。 「……俺は、まだシルバー階級になりたてなのでね」 「雑な言い訳ですわね」  リルンに痛いところを突かれると、優美は何も言えなくなる。なので黙っていると、リルンが溜め息をついた後に、話題を変えた。 「兵は……来ていませんわね。それで、私たちは、王に何も無礼なことをしていないし、そもそも王の言っていたことは目茶苦茶ですわ。何が強さを示すことですの! 内乱があると知ったら、他の国が攻めてくる可能性が高くなりますわ!」  国同士の交渉等については分からないが、そのような優美でもリルンの言葉に頷くことができる。王はまるで頭が狂ってしまっているようだったからだ。  それに何か言いかけていたが「ハルヤ」という単語を出していた。これはこの世界を司る神の名前だが、またしてもこの世界に来る前に話した「支配者」の存在が気になってしまう。ハルヤとはすなわち、支配者なのだろうか。だとしたら、王の発言と何か関係があるのか。  しかしずっと支配者と話すことができていないでいると、リルンがふと思ったらしい。こちらを真剣な目で見てくる。優美は聞く姿勢を取った。 「……私たちはハルヤを、神であることしか分かりません。この世界を作り、そして司ることしか。なので、私たちで調べて、ハルヤという存在をまずは知りましょう。ここに居ても、兵に追われるだけです。心苦しいですが……ハイムから更に離れることになりますが、ヤイダールの隣は他国です。そこに逃げましょう」  優美には異論が無いし、この世界の神である「ハルヤ」に興味があった。なので強く頷くと、リルンを抱えようとした。そこで、リルンの体が不自然に跳ねる。見れば、胸に矢が数本突き刺さっていた。咄嗟に前を見ると弓兵が数人居る。  そこからは覚えていない。優美が素早く剣を引き抜くと弓兵たちの元へ高速で向かって首を切り、そして体を滅多刺しにしたのだ。地面が肉片や臓器に塗れると、ようやく冷静になる。今、リルンの体には矢が突き刺さっており、もしかしたら生きていないのかもしれない。そう思った優美はリルンノ元に向かう。 「リルン……!」 「ナグモ……あなた一人でも、ハルヤについて、調べられますわ……私は足手まといになるので……あなた一人で……行って下さいまし……あぁ……お父様、お母様……すぐに、向かいますわ……」 「な……!? リルン……! リルン……!」  リルンの呼吸は浅い。それでも優美は何度も名を呼びかける。リルンのまぶたが次第に降りてきており、このままでは一生目を開けてくれないと思った。まだ、優美にはリルンの助けが必要である。この世界のことについて知っていることは僅かであり、リルンに質問しては答えが返ってくるというやり取りをしていたかった。  外見はおじさんであるが、中身は女子高生である。リルンとは友達のように話していたかった。  すると優美はとあることを思い出した。契約、即ち呪いのことだ。リルンをまだ生かしたいのならば、契約をすれば良いのだ。だがどうしたらいいのか分からないでいると、目の前に小さな赤い魔法陣が浮かんだ。これもまた複数の丸が重なっているだけの模様であるが、これが契約に必要なものだと確信する。優美はその魔法陣に手をかざした。 「うわっ……!?」  強い光に包まれると共に、優美は何も無い真っ白な空間にいつの間にか立っていた。ふとリルンの存在を思い出したので急いで探すが、どこにも居ない。優美は焦りのあまりに周囲を素早く見渡していると、どこからか声がした。 「ナグモ……」  その声はリルンのものである。優美は咄嗟に周囲を見渡すと、巨大な扉がぽつんとあった。赤黒い色をしており、表面がでこぼことしている。その前にリルンが立っているが、この光景は似つかわしくないと思った。相応しくないと思った。優美はすぐにリルンの元に駆け寄る。 「リルン!」  リルンの細い腕を掴もうとしたが、避けられてしまう。なので驚いた顔でリルンを見ると、何だか悲しげな顔をしている。どうしてなのだろうか。  眉をひそめた優美はゆっくりとリルンの名を呼び、手の平を差し出す。この手を、どうか取って欲しいという意味で。しかしリルンは手を取ってくれず、表情は相変わらずである。  ふと扉を見れば、大きな扉の表面のでこぼこの正体が分かった。これは、人間の血や肉片でできたものである。証拠として、誰のかも分からない人の手や足が見えたからだ。更に人の顔のようなものも浮き上がっていた。  あまりの気持ち悪さに優美は吐きそうになったがどうにか耐え、リルンに再び話しかける。 「一緒に来てくれないのか?」 「私は、ここに居ますわ」 「どうして?」  詳しく聞いてみるが、リルンはそれ以上は何も答えてはくれなかった。なのでリルンの腰を掴んで抱きとめる。 「……離して下さいまし」  リルンの反応は冷静なものであった。優美は内心で軽いショックを受けていると、扉が半開きになっていることに気付く。なのでリルンの体を抱きとめたまま、その扉に触れる。どうやら、押して開く仕組みになっているが、この扉に触れるのはどうにも気が引けた。  なので優美は肘で扉をぐいと押すと、肘が扉を食い込んだ。それに、人の悲鳴のようなものが聞こえてくる。優美は心底不快だと思いながら、扉を開ききった。するとそこには、支配者が居た。優美は目を見開きながら、支配者を見る。 「やぁ、久しぶりだね」  支配者、いやハルヤ神と呼べば良いのか、優美は目の前に居る人物を睨んだ。だが支配者は相変わらず読めない表情をしている。  そしていつの間にか重くなっていた口を、優美は小さくて開いたのであった。「ハルヤ……」と。
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