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「いっけなーい! 電車に乗り遅れちゃう!」  駅に着いたとある普通の女子高生が、改札を急いで通るとホームへと走っていた。通学路なので、どこがホームなのかはしっかりと分かっている。なので通勤、通学ラッシュの人混みを掻き分けながら走っていく。  この女子高生の名前は夏雲優美。なぐもゆうみと読む。普通の高校に通っており、それは持っている鞄でそれを証明できる。校章がプリントされている通学鞄であり、この周辺に住む者であれば見ただけでどこの高校か分かる。それに着ている制服でもだ。  すると優美以外にも、同じ高校や違う高校に通う学生が乗り遅れない為に走っていた。ごくありふれた、日常風景である。通学鞄につけている、が好きらしいアニメのキャラクターのキーホルダーがゆらゆらと揺れていた。  するとどうにか電車に滑り込み、間に合ったようだ。優美は安堵しながら、直後に発車した電車に揺られる。電車はほぼ満員状態だが、まだ不快という程度のものではない。今日はまだ良い方なのだ。  鞄のキーホルダーを撫でると、優美はスマートフォンを取り出した。しっかりと百パーセントまで充電してある。何度か画面を操作すると、優美はいつものようにSNSのアプリを開いた。そして深夜に投稿されていた様々な画像や、テキストをくまなく閲覧していく。  十数分を要してチェックを終わった。人々の隙間から見える車窓からの景色を、ちらりと視界の片隅に入れる。学校の最寄り駅までまだ数駅あるが、暇を持て余してしまったからだ。スマートフォンの充電はあと九十五パーセント。家に帰るまで充分にあるが、画面を暗くした。制服のポケットにしまう。 「今日は一限目なんだったっけ」  ふと小声で呟くと、再びスマートフォンを触ろうとした。しまったばかりのポケットに手を突っ込むが、その瞬間に車窓から奇妙なものが見えた気がした。いや、見えた。 「……ん?」  周囲の乗客は気付いていないのだろうか。優美は首を傾げる。  優美が見えたものとは、浮世離れした人間が居たというものであった。車窓から見えた横断歩道に立っていたが、幻覚だったのだろうか。そして何故だか、動悸がしてくる。  瞬きを数回繰り返してから、深呼吸をした。すると落ち着いてきたので、優美は先程のことを忘れようと、一限目の授業を友人に聞くことにする。メッセージアプリを開き、友達一覧の上にあるアカウントのアイコンをタップした。トークが表示されるが、最後にメッセージのやり取りをしたのは昨夜午後十一時。  この時間帯ならば、既にスマートフォンをチェックできるだろう。そう考えながら、友人に『一限目は何?』とメッセージを送った。するとすぐに『数学だよ』と返ってきたので、優美は『ありがとう』と返事を送る。  スマートフォンの画面を再び暗くすると、電車の規則正しいガタンゴトンという音を意識して聞く。そして車窓からの景色を見ると、もうじき目的の駅に着くことが分かった。見慣れたビル群が流れていくのを見ながら、いつもドアが開く側を確認する。  ホームが近いのか、電車は減速していった。ホームには、沢山の人々がこの電車に乗るために並んでいる。優美は人の塊をぼんやりと目で捉えた後に、またしても違和感を覚えた。人々の中に、先程見た浮世離れした姿の者が居たからだ。あり得ない、と優美は無意識に呟いてしまう。  だがすぐに姿を見失うと、優美は疲れているのかと思った。朝のホームルームまでは時間がある。駅内のベンチにでも座ろうかと、惰性で進んでいく電車に揺られながら考えた。  電車が止まり、出入り口の扉が開いた。優美のように降りていく学生が多い。その中に混じりながら電車から出ると、空いたベンチを見つけた。そういえばホームにもベンチがあったと、安心しながら座る。ずっと立っていたので、座ってからは体が休まる感覚があった。 「ふぅ……」  一つ息を吐くと、疲労が抜けていくように思える。ずっと立った状態だったからかもしれない。眼の前には、ホームから出る人々が殆どである。階段やエスカレーターを利用して移動していた。そして既にこの駅で待っていた乗客たちは、電車に吸い込まれている。  優美は何度か深呼吸をした後に、スマートフォンで現在の時刻を確認する。眉を小さく下げた。 「まだ時間に余裕があるけど、学校に行かなきゃな。智くんに……今日も会いたいし」  呟いた人物は、どうやら優美の想い人らしい。だがどうにも想いを伝えられないらしく、毎日踏ん切りがつかない状態だと見受けられる。  だがそれをどうにか無くしたいと、いつかはその人物に告白をしたいと考えていた。すると優美の顔に気合が入る。 「よし、とにかく、智くんと話してからにしよう!」  そう決意しながら、優美は立ち上がった。そしてホームから出る為に、確かな足取りで歩いていく。 「……ん?」  すると優美はとある違和感に気付いた。階段を上っているのだが、景色がどうにも変わらない。壁には先程見た広告があり、階段を上った先の光景がいつになっても大きくならない。それに何よりも、周りに人が居ないのだ。  おかしい。優美はそう思い、立ち止まった。そしてキョロキョロと辺りを見回す。不思議な話ではあるが、駅の姿をしていた光景が、砂のように崩れていったのだ。  驚いた優美は、階段を下りようとする。そこで、どこからか人の声がした。声は男でも女でもなく、中性的なものだ。それに優美にとっては初めて聞く、知らない声である。 「無駄だよ」  やけに馴れ馴れしい口調である。知り合いでも何でもないことは、優美にとっては明らかだ。  なので口答えをしようとすると、人の形が見えた。優美は目を凝らしながら、質問をしてしまう。階段など無く、辺りは平坦だ。つい、一歩足を前に出しながら。 「だ、誰なの……?」  景色がぼんやりとしていき、散り散りになっていく。それが優美の目の前へと向かっていくと、人の形を作る。優美より高さがあり、細さは同じくらい。声同様に、男女の区別がつかない。 「僕? 僕はね」  駅であった光景は完全に崩れ、真っ暗になった。それに反比例して人の形として、どんどん形成されていく。優美は固唾を飲んだ。 「もう一つの世界の支配者だよ」 「し、支配者……?」  優美は空想上でしか聞かない言葉であるので、ただ復唱した。目の前に居る素性が分からない存在、支配者がおかしそうに笑う。どうやら、優美のリアクションがおかしかったらしい。  むっとしてしまったが、優美はこのような世界にどうして自分が居るのか訊ねた。しかし返ってきた答えは、とても理不尽なものである。 「どうして私が、ここに……?」 「ん? どうしてだって? たまたま君が、そこに居たからだよ。だから、おめでとう。君は今から異世界に転移してもらうよ」  有無を言わせないように、支配者が優美に歩み寄る。優美は後ろへ引き下がろうとしたが、足が動かなかった。いや、動かせなかった。まるで何かに足首を強く掴まれているようだ。  優美は小さな悲鳴を漏らしながら、支配者を恐る恐る見る。困惑から恐怖へと、感情が急変したからだ。 「そんなに怖いものじゃないさ。君には、とある特典をつけてあげよう。そうだね……君の世界でいう、ファンタジーの世界に行ってもらうから、なるべく強い方がいいかな? それも、右に出る存在が、居ないくらいにね」  支配者は片腕を上げ、人さし指をピンと張った。まるで提案でもしているかのようだが、優美はまだ何も返事をしていない。やはり、優美が頷く前提で話しているのだろう。 「あっ、そういえば、大事なことを聞き忘れたね。君の名前は?」  名を聞かれたが、優美の口が開かなかった。いや、開けなかった。未だに体が動かない恐怖に、感情を掴まれ続けているからだ。  支配者が少し考えてから、何かを閃いたらしい。人さし指を上げた方の手で、何を引く動作をする。優美は内心でその謎の行動に顔をしかめた。 「たしか、持ち物に君の名前が書いてある物が無かった? えっとね……」  すると優美が提げている通学鞄が勝手にもぞもぞと揺れる。何かの力によって動いているのだろうか。だが何の力なのかは全く分からない。  反射的に体が動いてくれたのか、優美は通学鞄を手で抑えた。動かないようにと。  それを見た支配者が驚くと、改めて名を聞いてきた。同時に通学鞄の動きが、ぴたりと止まる。 「君の、名前は?」 「……なぐも、夏雲優美です」 「よくできました」  支配者が手を叩き、軽い拍手をした。聞こえる音からして、称賛しているように思える。優美は嬉しくはないが、何故だかホッとしてしまう。ふと、これで訳の分からない状況から解放されると思ったのか。  しかし優美の希望はただの妄想でしかなかった。支配者が数秒考えると「やっぱり強い方がいいよね?」と呟くように聞いてくる。優美はもう面倒なので、小さく頷いた。 「はい」  支配者の言う『強い』とは、どのような意味だろうか。優美は考えるが、何も予想がつかない。  うんうんと頷いた支配者は、目を閉じてから腕を組んで何かをイメージしているようだった。だが優美は何かを聞く度に疑問が増えていく気がして、聞く気力が無くなる。なのでその様子をただ見ていると、支配者がそっと目を開いた。 「よし、決めたよ」 「は、はぁ……」  何を決めたのかも聞かないでいると、支配者が一方的に喋り始めた。それは、優美にとっては信じ難いものである。 「君には今から、そうだねぇ……人間でいうと、三十半ばの男になってもらうよ。強さでいえば、それくらいがいいだろうし、凄く強く調整するから大丈夫。それでね、それくらいの男になって、とある世界の平和を取り戻して欲しいんだ」  優美は目眩を起こしかけた。男になるだの、平和を取り戻すだの、今までの日常では聞かなかった言葉が続々と出てきたからだ。それに特に『平和を取り戻す』は聞き捨てならなかった。どうして、自身がどこかも分からない世界の平和を取り戻さなければならないのかと。  断る為にまずはシンプルな反論を述べようとした、その瞬間に優美に異変が起きる。指先が、次第に砂のようにさらさらと消えていくからだ。 「なに……これ……」 「今から君に、その世界に行ってもらうんだよ。今、すぐにね」  最後の部分を、支配者は強く言った。まるで、優美に命令するかのように。 「まって、ちょっと!」 「待てないよ。あっちの世界の人たちは、平和を今すぐにでも取り戻したいと思ってるからね。ただし、自分たちが得をするようにね」  指先から肘まで消えているところで、優美の背筋がゾッとした。この支配者の言う世界で、何が起きているのかと。  優美はこの年頃だからこそ、大まかな想像くらいはできる。それを思い浮かべてしまい、体を大きく震えてしまう。この状況から、解放して欲しくて仕方がないのだ。しかし支配者は優美のことなどお構い無しに、言葉を続ける。 「あっちの世界の人たちもね、君みたいな平和な日常を取り戻したいんだよ。その為には、どこにも所属しない、強い存在が必要なんだ。あっちの世界は、様々な国、団体、場所同士が糸みたいに複雑に絡み合ってるからね。その糸を、一気に切るだけだよ。ね? 簡単でしょ?」  遂に優美の肩まで見えなくなったところで、足までも消えていく。歩く手段さえ失うと、優美は絶望をした。この状況から、もう逃げられないのだから。  顔が真っ青になると、支配者は予測通りと言わんばかりに笑みを浮かべる。だが睨んだり、何かを叫ぶ気力が失われてきた。絶望が、感情の全てを支配しているからだ。優美は支配者のその表情を最後に、視界が真っ暗になった。  ※  目を開けると、そこは青空があった。しかしこれは優美の知る『青空』なのだろうか、そう思いながら体がある感覚が全身に広がる。やはり、先程の出来事は夢なのではないのか。そう思った優美はまずは手を上げて視界に入れてから動かす。 「手は、あるね……ん……?」  自身の手を見て、優美はとある違和感に気付く。見れば、自身の見慣れている手とは全く違うのだ。手袋をしているようだが手のひらは大きく、そして分厚い。指は長く節々が目立つ。まるで男のようだが、これが支配者の言う「男になる」ということなのだろうか。  信じ難いと瞬きを数回した後にもう一度確認するが、やはり変わらない。 「やっぱり、本当なの……!?」  足を動かしてから体を起こす。するとそこには、手と同様に見慣れている景色は無かった。目の前に広がるのは、一面に広がる瑞々しい緑色の草原。遠くには木々が生い茂る山が見え、正面だけではなく左右と後ろにもあった。 「ここはどこ……!?」  優美は辺りをキョロキョロと見回すが、人の気配がない。そして支配者の存在でさえも。もう何も分からなくなった優美は、まずは立ち上がる。視線の高さも、やはり違う。かなり高い。身長は二メートル近くはありそうだ。  そして今の優美の格好は、関節や胸のあたりに薄いプレートが装着してある。これはいわゆる防具なのだろうか。下にはチュニックのようなもの、脚にはぴっちりとした厚手のタイツを履いていた。足元はブーツを履いているが、使い古したような風合いがあるようにしか見えない。まるで、この格好で長年過ごしてきたかのようだ。  支配者の言う事は、本当かもしれないと優美は項垂れる。元の世界に戻るには、今居る世界の平和を取り戻さなければならない。だが現在地が分からなければ、どうしようもない。  この草原を抜けることができれば、街にでも着くだろう。そう考えた優美は歩みを始めた。足取りはこの体の大きさの割には軽く、筋肉や体力が相当あるのだろうと思える。現に大きな歩幅で草の上を歩いても、息切れを全くしないからだ。 「えっ……凄い……」  未だに草原から抜けられずにいるが、優美はそう呟く。すると、かなり近くから聞き覚えのある声が聞こえた。それも、かなり嬉しそうである。 「そうでしょ? 僕の調整、凄いでしょ?」 「あっ!?」  優美は思わず叫び、声のあった方向を見る。そこには、支配者の姿があったのだ。なので支配者の居るところへと歩み寄った。今の姿では、支配者の身長がかなり小さい。頭二つ分くらいの差がありそうだ。 「ちょっと! あなたねぇ!」 「ふふっ」  支配者は優美の姿を見るなり笑った。唇を歪めると、支配者に向けて指をさす。 「どうして笑ってるのよ!」  怒りながらそう指摘をするが、支配者の態度は相変わらずである。ムッとした優美は踵を返し、支配者から離れようとした。しかし背後から支配者が「まってよ〜」と呑気な声を出している。 「何!?」  怒りは続いたまま優美が振り返ると、支配者はようやく笑うことを止めていた。表情は、若干微笑んでいるままである。 「改めて、君としては別の世界へようこそ。そして早速なんだけど……」  支配者が何かを言い切る、その直前に咆哮のようなものが響いた。  どすんどすん、と大きな足音がすると、そこには動物とは呼べない生き物が前方に居た。優美の知っている中で言えば、大きな牛なのだろうか。長い角があり、手足に筋肉がしっかりついた四足歩行の生き物だ。優美は腰を抜かしかける。 「ちょっと! あれは何よ!」 「……あぁ、あれ? あれは魔獣だよ。いわゆるモンスターだよ。あっ、そうだ、あれを倒して、近くの街で換金してもらうのはどう? 高く売れるよあれは」 「はぁ!?」  支配者は言葉までも呑気である。なので優美の怒りが限界を迎えそうだが、同時に魔獣が物凄い勢いで迫ってきている。恐らく、車くらいの速度はあるだろう。  このままでは避けることができないと、命の危険を感じた。すると支配者がまたしても大袈裟なことを言う。 「今の君なら、あの魔獣を素手で倒せるよ。頭を掴んで、体を地面に叩きつけるんだ。大丈夫、今の君ならできるよ。僕を信じて」  支配者はこちらをじっと見ているが、声音がいつもと違った。分からないが、その言葉が本当のように思える。  悔しいが今の状況では支配者を信じてみるしかない。そう思った優美はまずは両手を構えてみる。これはアクション映画などでよく見る格闘の構えを、真似しただけである。  魔獣は優美の方へと向かっている。支配者の言う通りに、魔獣が迫ってきた瞬間を待つ。不思議と魔獣の動きを捉えることができるので、手で届くまでの距離に縮まった。優美は両手で魔獣の角を掴んでから握る。すると力が自然と籠もり、魔獣の進行を無理矢理に止められた。なのでそのまま、支配者の言う通りに魔獣を持ち上げる。容易く魔獣が宙に浮いた。 「ほら、言ったでしょ?」  優美は自身が今していることに若干引いていると、魔獣が怒るように唸り声を出しているのが分かった。思わず怯みかけるが力を抜いては命が危ないと、そのまま持ち上げた。  力を入れすぎなのかは分からないのだが、魔獣の体が優美の頭上にまで上がる。 「本当に持ち上がった!?」  驚きつつも、優美はそのまま魔獣を地面に力強く叩きつけた。どすんと、凄まじい音が響き、魔獣の体が地面にめり込む。そして魔獣の体からバキバキと奇妙な音が聞こえてきた後に、息が完全に途絶えた。  叩きつけた後の優美の体には、異変が何も起きていない。魔獣のことよりも、それのことに驚愕の感情を向けてしまう。 「ちょっとやりすぎたみたいだね……まぁいいや。これを持って、街で売りに行こう。換金してもらったら、後は君一人でこの世界の平和を救ってね」 「えっ」  あまりの突然の一言に、優美は支配者の方を振り返った。しかし当の本人は手をひらひらと振っている。どうしてなのかと、優美は魔獣を置いておいて、支配者の方へと急いで歩み寄った。 「待って、私は、どうすればいいの!?」 「だから、言ったじゃん。さっき倒した魔獣を近くの街に売りに行って、それで武器屋で武器を買って、あとは世界の平和を救ってね」 「そんな……スーパーのおつかいみたいに……」  もう一度訪ねたところで、支配者の言葉は変わらない。がっくりとした優美は、自身のごつごつとした手を見つめる。  優美はまだ高校生だ。好きな相手が居て、そして学生として華々しい青春を送るつもりであった。それなのに、突然異世界へと送られて、中年男性の姿になってしまったのだ。  無性に悲しくなり、優美は項垂れる。世界の平和など、そのような壮大なことをするべき人間でもない。ましてや、世界の平和をどうにかする立場でもない。  なので溜め息を一つつくと、支配者の咳払いが聞こえた。 「……武器屋で、冒険者ギルドの場所を聞くといいよ。あとは受付に聞けば分かるから」 「冒険者ギルド……?」  そういえば聞いたことがある、と優美は項垂れていた頭を起こす。そして聞き覚えのある言葉を脳内で巡らせると、すぐに思い出した。ファンタジーもののアニメやゲームでよく聞く組織のような名前である。確か、中立の立場を保ちつつも、人々から送られる様々な依頼をこなしていく。そのようなものだったと。  優美はうんうんと頷くと、支配者は「あとはそこて優しく説明してくれるよ」と言ってからとある方向を指さした後に姿を消した。優美は唖然とした後に、支配者の言う通りにしようとする。  まずは倒した魔獣を抱えるが、持ち上げた瞬間に形を保っていなかった。まるで軟体動物のように手足をだらりと垂らしており、あまりの姿に優美は悲鳴を上げかけた。恐らくは、力の入れすぎにより全身の骨が粉砕されてしまったのだろう。地面に強く叩きつけたことが原因で。それに地面には大きな地割れがあったかのような、大きな亀裂があった。初めて見るものに、優美は視線を逸らしてしまう。  しかしそのような様子ではいけないと、首を横に振りつつも右肩に乗せる。獣の匂いがした。  優美はこの世界に来たばかりだ。この地域の地理など、分かる訳がない。 「街……街……あっ、たしか……」  支配者が姿を消す直前に、どこかに指をさしていた。もしかして、近くの街というのはそこにあるのだろうか。優美は思い出してから一人で頷くと、支配者が指さしていた方角へと歩いていった。だが力がかなりあるので、抱えている魔獣などスクールバッグを持つような感覚である。軽いものだ。  ふう、と息を一つ吐くと優美は街のある方角へと歩いて行ったのであった。地面にしっかりと、足跡をつけていきながら。
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