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瞬間――塔全体が白く発光した。光は、塔の先端に向かって螺旋を描きながら駆け上がると、分厚い暗雲が幾重にも渦を巻く上空へと放たれた。
「うわああああ……っ!!」
「「「王子?!」」」
「「ラーシュルツァ王子っ!!」」
苦悶の表情で崩れ落ちた王子をメルカーシャが抱き起こす。回復呪文を唱えているようだが、彼女の額にも深い皺が刻み込まれていく。
「メルカーシャ!」
「私達に触れるなっ!!」
駈け寄ろうとしたガリウスを、彼女の薄紫の瞳が鋭く制する。魔力の消耗が激しいのだろう。白金の細い髪が汗に湿って、頰に貼り付いている。
「……どうしたっていうんだ? なぜ、扉が開かない?!」
ガリウスが苛立ちを隠さずに、声を荒らげる。3本の鍵が刺さっているのに、塔の扉は頑なに閉ざされたままだ。いや、それだけじゃない。
「塔から……聖なる力の気配が消えていく……」
ムスタークが、なにかに気が付いたように一歩踏み出した。彼の視線の先を辿ると、塔の先端からは、線香花火の終焉に似た弱々しい光がパチパチと不規則に放たれている。
「まるで放電だな」
「そうだ。王子に与えられるはずの女神の力が失われていく。これでは、もう魔王を倒すことは叶わない」
俺達がパーティーを組んだ最大にして最終目的は、人類の平和を脅かす魔王軍を一掃することだ。そのために絶対に欠くことの出来ない、必須の要件が、“勇者の覚醒”――つまり、ここ、ルテリアの塔で聖なる力を授かることだった。
「馬鹿な! だとすれば、世界は――」
「そうだ。我々は、滅びの宿命から逃れられない」
慟哭するガリウス。ニキスも、王子の剣を胸に抱えたまま項垂れる。全天を覆う不穏な暗雲はますます厚くなり、この不幸な顛末を嘲笑うかのように、ゆっくりとトグロを巻いている。
「オーガネス。お前だな?」
ムスタークの灰色の瞳が、俺を真っ直ぐに射貫く。その圧を真正面で受け止める。ピリッと空気が震えた。
「……なんのことだ」
「お前が、龍の鍵に細工したのだろう!」
「……さて? そんなことをして、俺になんのメリットがある?」
まだ目を覚まさないラーシュルツァ王子を除いたパーティーの全員の視線が、俺に注がれる。
「黙れ!! ガリウス! ニキス!」
「「承知!」」
ムスタークが言い終える前に、聖騎士の剣が前方から右の首筋に、聖剣士の刃が背後から左の首筋にピタリと沿う。微かでも動けば、瞬時に胴体から頭が飛ぶだろう。
「……好きにしろ」
多勢に無勢。俺は白旗を上げる。ムスタークが、俺の両手に魔術封じの効力を持つ枷を嵌めた。
ミッションに失敗した俺達は、国民の目を避けるようにひっそりと王城に戻った。意識の戻らないラーシュルツァ王子は、離れの一室でメルカーシャ達聖神官から必死の回復治療を受け、一命を取り留めた。一方の俺は、粗末な着衣1枚で地下牢に放り込まれた。魔術封じの拘束は手枷から首輪に替わったものの、もちろん続けられた。
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