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「いい加減、口を割ったらどうだ、オーガネス」
地下牢生活が半年程過ぎたある日、ローブ姿のムスタークが現れた。
日の当たらない独居房での質素な食事のせいで、あっという間に細くなった俺の四肢に視線を送る。さっさと処刑することなく、未だに俺を生かし続けているのは、恐らくラーシュルツァ王子が存命ではあるものの回復が思わしくないからに違いない。
「なにを……話せと?」
備え付けの板敷きのベッドに腰かけて、訪問者にニタリと笑みを向ける。鉄格子越しのムスタークは、表情を抑えているが、顎髭をひと撫でした。
……知ってるぞ。ソイツは、アンタが苛立っている時の癖だ。
「私は、召喚には反対したのだ。我々の世界の定めは、我々で解決すべきだと」
「今更……奇麗事か」
「お前は、元の世界に戻りたいのだろう?」
そうだ。魔法も使えない。金も名誉もない。平凡だが、勉強して努力して、大学を出て就職して働いて……順風満帆に暮らしていた俺を、こんなとんでもないこっちの世界に連れ去ったのは、アンタ達じゃないか。
「もう、諦めた……」
還る方法を探さない日はなかった。魔術で召喚したのだから、魔術に道はないかと、白魔術から黒魔術まであらゆる魔術を学び、極めた。その結果、俺が最強のパーティーで通用する魔導師になったのは、皮肉な話だ。だが、もっと皮肉な話がある――。
「もし……戻る方法があると言ったら、信じるか?」
ムスタークは、顎髭から手を離し、胸の前で腕を組む。灰色の瞳が、値踏みするように俺を見つめた。
「フ……フッ、ク、ク、ク……」
渇いた喉から嗤いが漏れる。ボロ布の囚人服の下で、凹んだ腹が細かく震えた。
「魔王軍が、タンタル湖を越えたか」
「なぜ、それを」
「ククッ……“予言”が賢者様の専売特許だと思うなよ?」
「なん、だと……? オーガネス、お前、その状態で、まだ魔術が使えるというのか!」
魔王軍を倒すためにこなした数々のミッションの最中、パーティーの連中に俺の能力を全て明かしたと思っていたのなら……おめでたいヤツだ。
「ああ……コレか? こんなもの、アクセサリーにもならんな」
俺はムスタークを見据えたまま、喉元の魔術封じの首輪に左手をかざす。ゴトン、と石畳の床に重い音が響いた。抵抗しなかったのは、出来なかったからじゃない。まだ「その時」ではなかったからだ。
だが、魔王軍が東の端にあるタンタル湖を超えたとなれば、話は別だ。
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