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玉子は長崎県の山のいただきにある農家の家で産まれた。
歳の離れた兄……一郎、二郎、三郎の次に産まれた女の子。
玉子の両親も兄たちも、これはめでたいとどんちゃん騒ぎ。
玉のような子だということで『玉子』と名付けられたのだ。
玉子が住む山のいただきの家の周囲には一軒も家がなかった。
山の所有者は両親だ。
玉子は兄たちと共に小学校・中学校ともあまり行かず、兄たちは父親の漁業を手伝い、玉子は母親の農業を手伝ってすくすくと育っていった。
玉子が中学生の時、兄たちは高校も行かず、本格的に父親の漁業を本業にしていた。
父親と兄たちがとってきた魚介類と母親と玉子がとった農作物は、父親が軽トラに乗せて山のすそ野に広がる街へと売りに行き、玉子の一家は生計を立てて暮らしていた。
贅沢はできなかったが玉子は、この暮らしが楽しくて仕方がなかった。
そして玉子は母親の跡を継いで農業をしたいと思っていた。
それは玉子の願いでもあった。
しかし両親はそれを良しとしなかった。
そして玉子は願いも虚しく中学校を卒業すると、両親と兄たちに見送られ、愛知県名古屋市に向かう電車に乗って就職斡旋をする団体へと向かったのであった。
「お父さん!お母さん!一郎兄ちゃん!二郎兄ちゃん!三郎兄ちゃん!元気でね!!!」
玉子はトコトコと揺れる車窓から身を乗り出し、泣きながら、いつまでもいつまでも……家族に向かい手を振ってそう叫んでいた。
当時の長崎県では学力のない玉子を受け入れてくれる企業はなかった。
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