失業

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失業

 その家は、丘の上にあった。  長い坂を、息を切らして登る。  登ると、海が見えた。  湾は凪いでいて、晴れた日はキラキラ輝いて見えた。  あの家で見た全てを、きっと忘れない。  自動車の部品工場で働いて3年目、世界を大不況が襲った。  朝な夕な、テレビのニュースが報じるそれを、まるで他人事のように聞きながら、変わらない毎日が続くものだと信じて疑わなかった。  それは突然、我が身に降りかかる。  リストラ。  気の弱い小柄な男性の主任が、突然私と仲良しの同僚4人を呼び出した。  私達のリーダー格の可奈子姉さんが、 「クビですか」 ズバリ切り込むと、主任はおどおどしながら頷いた。 「申し訳ない」  主任の手は震えていた。  これ以上何を聞いても無駄なことはわかっていた。  この人は、ただの主任で、権限はほぼない。  上に言われたことを私達に伝えるだけだ。  それは、これまで仕事をしてきた経緯から明白だった。  有給を消化すること。  ロッカーは有給消化と同時に片付けて返却。  社員寮も有給消化と同時に退去。  私達5人の有給は10日だった。  10日後には仕事も住まいも失う。  現実味がないけれど、現実だった。
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