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澪(みお)
「うん。良き」
期待したような出来映えに、思わずホッと安堵の息が漏れる。手にした一皿は、度重なる実験後に落ち着いた調合の釉薬を塗ったものだ。
酸性寄りに調合された釉薬は、塩基性成分が多いものより輝きが落ち着いており、中性成分が多いものよりざらついていない。自分で言うのもなんだけど、いい感じ。
「澪、一ノ倉さんとこ、納品頼む」
親方が長板に6つ、素焼き済みの大きな器を乗せて運びながら作業場へ入った。たわむ板の上で、器は落ちる気配がない。7月になると日陰でも汗が滲む。額をぐいと拭って、作業場を後にした。
高校卒業後はこの町で、叔父の窯で働くと決めた。ここ挟町は陶磁器の町。土から焼き上げまで、器ができるまでの工程は全て分業制で、町全体が関わっている。
全国の陶磁器の15%がこの町で作られたもので、海外への輸出も行っている。町は経済的に豊かで、いわゆる成功を収めていた。
『観光にも力を入れるって話になったらしい』
『新しい町長、若えからね』
それまで町のイベントは、春の陶器市だけだった。この小さな町が人で溢れる一週間。他県ナンバーの車が仮設駐車場を埋め尽くす。陶器市の準備だけでも大変なのにと批判もあったけれど、そんな中でも観光事業が着々と進んできた。
納品する陶磁器を丁寧に梱包し、カブの後ろの箱に収めた。陶器市では車が必要だが、今回はこれで十分。
用事が済んだら、すぐ作業に戻るので、私は汚れた作務衣のまま出掛けた。バイクで十五分走ると、古民家の集落が見えてくる。その一つがレストラン【一ノ倉】。ちなみに、二ノ倉は雑貨屋、三ノ倉は体験工房、四ノ倉は......と続く。そのエリアは、陶器の小さなテーマパークだった。
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