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「僕は横浜の洋菓子店で働いています。その、ちょっと休暇取って、こっちに来てました。実家が長崎で」
私は、彼、佐谷さんから受け取った名刺の端を握りしめたまま、黙っていた。
「ちなみに、ケーキって、どうやって選びますか」
突然の質問に驚いて、叔母に目配せしたが、叔母は遠巻きに笑っているだけで、どういうわけか不参加を決め込んでいる。また額が汗ばむのを感じながら、私は町で有名な店の、ショーケースに並ぶケーキを思い出した。
「そ、その時の気分で選びます」
「ケーキの見た目で、気持ち変わることは?」
「......いつもそうかも」
見透かされているようで、思わず肩をすくめた。
「ですよね。だから、どのケーキも魅力的にしたくて、盛り込んで更に盛って。ケーキって存在は特別感がなくちゃって、思うんです」
拳を握って力説していた佐谷さんは、急にはあ、と溜め息を吐いて萎んだ。しょぼくれた姿は、ろくろで失敗した陶土に似ていた。彼はスマホをデニムのポケットから出して片手で操作する。
「新作を作ってみろってオーナーに言われて、挑戦してるんだけど、なかなかオーケーが出なくて」
見せてくれた画面には、白いクリームで化粧されたケーキに、リンゴでできたバラ、その周りを埋め尽くす色とりどりのフルーツ。
「実家で試作品出したら、『押し付けがましいね』って、妹に笑われて。家族って何気に本音でぶっちゃけてくるでしょ。たくさん食べたくせに」
佐谷さんはスマホの画面を自分でも見て、すぐに画像を消した。
「黒い皿に乗ったケーキが......なんだか輝いて見えたんです。僕のケーキも乗せてみたいなって思って」
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