佐谷(さたに)

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「実家近くに焼き物で有名なとこがあって。気に入ったお皿買ってきたんです。今日の売れ残りが出たら、ケーキ乗せたいと思って」  僕は作業台の横の棚に置いていた、彼女作の黒い皿を由夏さんに見せた。 「へーっ! かっこいいね!」  余るかどうか分からなかった。むしろいつも売り切れて、閉店時間前に店仕舞いすることが多い。今日は奇跡的に2つだけ残っていて、時刻は20:30。あと30分で僕ら二人のものになる。  ーーそう思った矢先、店の戸が開いた。しかもカップル。 「いらっしゃいませ」  由夏さんが笑顔で接客に出ていった。世の中そう甘くないよな。カップルは選択の自由がない残念さより、ちょうど二つケーキが残っていたことを喜んだ。 「ねえ、そのお皿で出してもいい?」  由夏さんが大きな瞳を輝かせる。僕はハッとした。もちろん頷いて、急いで洗ってアルコール消毒する。  製作者の意思に適い、マンゴーケーキも、ベリータルトも、黒い皿の上でいつもより一層輝いて見えた。 「『黒は見えない』、か」  そういう意味では、僕が目指すパティシエという存在も同じかもしれない。主役はあくまでもお客様。妹に『主張の強いケーキ』と言われても仕方なかったのかな。  片付けながら、取り止めもなく考えていると、裏口が開いた。オーナーだった。 「明日から新作入れるからな」  いきなり要件だけ。オーナーによって冷蔵庫に貼られた紙は、これから暑くなる時期にピッタリの爽やかなムースのレシピだ。出来上がりの絵と作り方は、最初に託された者がスマホで撮って、他のケーキ制作スタッフに送るのが暗黙の了解だった。  オーナーはパティシエでもあり、ここは所謂『オーナーシェフ』の店。製菓学校の教授もしているので、ほぼ店にいないけど、売り物の味が意図通りになるように見本品を残していく。たまに抜き打ちで検査に来るからオーナーが来ると急に身が縮まってしまう。
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