雨上がり、君想う。

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 *** 『こんばんは、タロさん。お元気ですか?  少し時間があいてしまってすみません。  私のために、短冊に祈ってくれたこと、本当に嬉しいです。そういえば、今年はいつもより早く冬が来るかもしれないとニュースで言っていました。冬が早くくれば、春も早く訪れることでしょう。そうすれば、私も久しぶりに外に出ることができます。まだこの体が、その時動けばいいのですが。  貴方には、家族がたくさんいるようで羨ましい。  私も、元々は旦那様と二人だけで生活していたのです。旦那様がまだ幼い頃から、お世話をするのが私の仕事でした。もうかれこれ、七十年になりますでしょうか。  もし、この世界が雨の中に沈んでいなければ。  そしてこのエリアが、人里から隔絶され、孤立していなければ。  私は、旦那様をきちんと弔って差し上げることもできたのかもしれません。残念ながら私は旦那様が亡くなっても、すぐに気づくことができなかったのです。旦那様の体が腐り始めて、初めて旦那様が老衰で亡くなられたこと、私が独りぼっちになってしまったことを悟りました。  その体をあっためようといつまでも足掻いていたのは、きっと私が旦那様を愛していたからなのだと思います。  同時に、独りぼっちになってしまった恐怖に、耐えることができなかったからでしょう。私は悲しくて恐ろしくて、どうにかして外の世界に繋がろうとしました。  前に外に出たのは五月と言いましたが、あれは正確ではありません。今年の五月ではないのです。もう、十年くらい前の五月になります。  旦那様が寝たきりになって、つきっきりで看病するようになってから、私は外に出ることもなくなりました。旦那様の食糧などは、別の者が買いに行ってくれていましたからね。  しかし、買い物にいった者が戻らなくなり、旦那様が亡くなり、私は一人この雨音ばかりが響く家に取り残されてしまったのです。  せめて、インターネットだけでも回復させようと、あらゆる技巧を尽くしました。旦那様が亡くなってから十年すぎて、ようやく断線していた箇所を修復し、インターネットを部分的に繋げられるようになったのです。それが、今年の六月のことでした。  私はネットを通じて、世界がどうなっているのかを知りました。  そして知ってしまったら、余計怖くなってしまったのです。世界は少しずつでも前に進んでいこうとしているのに、私の世界だけが停滞している。旦那様の亡骸とともに朽ちていく私の存在を、世界の誰も知らない。それが、とても恐ろしくなってしまいました。  だから、貴方にメールを送ったのです。  貴方が、私の声を受け取ってくださって、本当に良かった。  もうすぐ冬が来ます。この家は耐えられるでしょうか。  ところどころみしみしという音がしています。家の外は既に瓦礫でいっぱいですし、もう内側からはドアを開けることも叶いません。  もし返信がこなくなったら、その時私は水底に沈んだのだとお考え下さい。  最後に貴方とお話できて、本当に良かったです』
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