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「置いていったの、あの人、あたしを置いて逃げたの、転んだとき手を擦りむいたわ、血が出てる、痛いの、ひどい、ひどい」
話しているうちに怒りがぶり返したのか、翔子は再び甲高い声を出し始めた。
「落ち着いて。彼氏は戻ってこないの? 電話とか……」
「戻ってこないわよ! 電話も出ないの! だからあんたに電話したのよ! そんなこと、わかるでしょう!」
わたしは片手で額を押さえた。あまりにひどい。彼氏もパニックを起こしたのだろうけど……これは最悪だ。ひき逃げではないか。しかも彼女を残してなんて……。翔子の彼氏とは会ったことはなかったけれど、優しい人だと聞いていたのに。
「それで、あなた今どこにいるの? 病院? もう家に帰れたの?」
「歩いてるの! お願い助けて! 迎えに来てよ!」
「え? ちょ、ちょっと待って。それ、今の話なの? こんな夜中に外歩いてるってこと?」
「だからそうだって言ってるでしょ!」
翔子の話し方では時系列が分かりにくかったので、すっかり勘違いをしていた。もう家に帰って、愚痴の電話をしているものだと……。
「え……、じゃあ、その……そのトンネルでのことはどうなったの。ぶつかった人は……」
翔子はヒステリックに叫んだ。
「そんなの見てないわよ! 追いかけるのに必死で、だってもし……嫌! そんなの絶対無理! 無理だから!」
「わかった、わかったから。……でも翔子、とりあえず救急車呼びなよ。だって、人にぶつかったんでしょう」
「わかんないよ、わかんない。人じゃなかったかもしれない。ただの動物だったかも」
「それにしたって、トンネルの近くに戻った方がいいよ。こんな夜中に道歩いてるなんて危ないよ。トンネルに戻って救急車呼んで、待ってた方がいい」
「いや、絶対いや。ね、迎えに来て!」
「無茶言わないでよ……」
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