39人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章1話
第二章
1
とはいえ、なにから始めたらいいのかエリーヌは分からなかった。エリーヌは腕を組む。
――陰謀はそう……リュカを孤立させて人目から遠ざけることよ。
オノレから聞いた話によれば、殺された者や不審死も数人いるが、多くは呪いを信じて逃げ出したのだという。特に使用人は居着かず、生活は不便極まりない。父親である王は病気で寝付いていて、リュカのことを心配する余裕もなさそうだ。
エリーヌは大きなのこぎりを持って庭を散歩していた。のこぎりは護身のためではない。伸びすぎた木を見定めるために歩いていたと言った方が正しい。この屋敷が「幽霊屋敷」などと呼ばれているのはその外見ゆえだ。手入れの行き届いていない庭は不気味そのものだからだ。ただ、裏手には畑がある。あれをもっと拡張すれば、近隣住民も安心するし、食糧確保も心配ない。
――うーん。
エリーヌは一本の高い枝を見上げた。
――これはだめね。首つりそうな木だもの。
エリーヌはそう判断すると、足を踏ん張って木を切りながら考える。
――どうしたらいいの?
そこにオノレが現れて、太い木を一人で切ろうとしているエリーヌに唖然としたが、彼女が汗を拭きながらにっこりとすると、彼もぎこちない笑みを返した。手には何かがある。
「それは?」
エリーヌはのこぎり片手に、オノレに近づいた。彼は持っていた白いもの――手紙の束を彼女に手渡し、代わりに危険な刃物を受け取って答える。
「パーティーの招待状だよ」
「招待状?」
「リュカはあれでも第一王子だからな。絶対に来ないのは分かっていても社交辞令で招待するんだ」
「なるほど……」
相づちを打ちながら、エリーヌは彼の腰に剣があるのを見つけると、やはりまだ警戒しているのだと分かった。ただ、使用人にしてはオノレの態度は大きい。呪われた王子から逃げずに忠義をつくしてもいる。いったいどういう人なのだろうか?
「庭に畑があったけど、あれはあなたが?」
「ああ。今の時期は根ものを育てているんだ」
「でも、生まれは農夫とかではないんでしょ?」
「これでも祖父は将軍、父も将軍、母方の祖父も伯父も将軍。将軍になることを約束された男だったんだ。それなのに! それなのに! 今は剣の代わりに鍬を握っている」
「そ、そう……。でもそんな名家の子息が、どうやって野菜の作り方を学んだの?」
「ここにある書庫に農学の本があったってそれを参考にした。でも書物などあてにならない。結局、元来の勘と頭脳で乗り切ったよ」
「ここには下女もいないわけ?」
「みんな逃げた。俺も何度も逃げようとしたのに、リュカの馬鹿が捨てられる仔犬みたいに見るんだ。毎日見捨ててやりたいと思っているのに、逃げようとすると分かるらしくて袖を握って離さない」
エリーヌは微笑した。
「つまりオノレはいい人ってことね?」
「自分で言うのはあれだが、そうだと思うよ」
エリーヌはそして招待状の束を再び見る。
「リュカは第一王子なのね?」
「ああ。他に年子の第二王子がいる。不仲だけど」
「ふーん」
「第二王子を疑っているのか」
「さあ。会ったこともないし。リュカはここに幽閉されているの?」
オノレが大きく首を振る。
「リュカはこの屋敷に自らの意思、いやそう仕向けられて王宮から越してきたんだ」
「やっぱり……」
「なら、別にパーティーに出たければ出られるわけね?」
「あ、ああ……でも着ていくものがない。馬車もないし……体裁が悪い」
「うーん」
エリーヌはうなり、そしてすぐにはっとすると、屋敷の方へと走り出す。
――昨日、部屋を掃除した時にキャビネットに昔の十人の物が一杯入ったままになっていた。きっと着るものもあるはず!
「エリーヌ?」
汚れたドレスのまま、屋敷に入って来たエリーヌを、窓を拭いていたリュカが不思議そうに呼び止めた。
「パーティーよ!」
「パーティー?」
「そう! パーティーに出席するの!」
「でも――」
「でもじゃない! ここに引きこもっていたら相手の思う壺。社交界に出て向こうの出方を窺うのよ!」
リュカは少しぽかんとしたが、すぐに顔を引き締めた。
「パーティーか、面白い。やろうじゃないか。僕ももう恐れることにうんざりだ」
「そういうことよ」
エリーヌはリュカの手から雑巾を取り上げる投げ捨てた。
「この屋敷に昔の人が来ていたドレスや夜会服はない?」
「ドレス? 夜会服?」
「もしかしたら、屋根裏部屋にあるかもしれないけど……」
「ありがとう!」
エリーヌはリュカの手を握って大きく振るとそのまま廊下に出て走り出す。リュカもそれを追いかけて、屋根裏へと続くハシゴを登った。互いに古びた服を着ているとはいえ、酷い埃に裾の汚れを気にしてしまう。手で煽ぎながら部屋を見回し、エリーヌは鎧戸の付いた窓を見つけると、開けてみる。
いい風が入って来て、暗い部屋が光に満ちれば、裏部屋には無数のトランクが置かれていることが分かった。
「開けてみる」
しかし、鍵がかかっていた。あたりをエリーヌは見回し、銀でできた水差しを見つけると彼に渡し、片っ端からそれを打ち付けて鍵を壊してみることにした。
「あった!」
いくつ目かのトランクの中にあったのは夜会服だ。
流行があるとはいえ、男性の夜会服に大きな変化は年月が経ってもあまりない。
「残るはエリーヌが着られそうなものだね……」
それが一番、やっかいだ。
前のシーズンのものを着ているでさえ人は笑う。
特に都ではそういうつまらない見栄が普通だ。しかし、トランクにあったのは緑色のベルベットの三十年は経っていそうなドレス。きっと昔は鮮やかな色だったのだろうが、今は深い緑でくすんで見える。それでも――。
「うん、これでいいわ」
「エリーヌ……」
こんな屋敷に七年も引きこもっていても、このドレスはさすがに社交界に着ていくには古くさすぎることはわかるのだろう、リュカが心配顔になる。
「ファッションはね、回帰するの。そして追うのではなく、作るものなのよ!」
なんの根拠も自信もない。パーティーなどに出たこともないけれど、問題は着ているものではないことは明らかだ。第一王子が虐げられており、着るものも乗る馬車もないことを貴族に見せつけ、これは問題であると提起することなのだ。
「恥なんて掛け捨てよ。殺されるよりよっぽどいい」
「まぁ、そうだけど」
「わたし、パーティーって初めてなの。楽しみ」
「あなたは?」
「十二歳の時に一度」
「そう? ならエスコートは心配いらないわね?」
「自信はないけど、エリーヌのためなら、本を読んでおくよ」
「それはいいアイデアね」
エリーヌはドレスを広げてみた。
「わたしはドレスと夜会服のサイズ直しをしてみるわ」
さすがにどちらも大きい人物のもののようだ。裾もウエストも直さなければ着られたものではない。エリーヌは嬉々としてその二着を持つと、ハシゴを下った
最初のコメントを投稿しよう!