ホワイト企業を黒く染める女たち

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 笹本真由は某大手企業に勤めていた。遠距離恋愛中の婚約者にあうために航空会社のサイトを開ける。ふと『採用募集』のページをクリックすると、キャビンアテンダントの既卒採用をしているようだった。  真由は元々キャビンアテンダントを目指していたが、新卒の時は募集がなく挑戦すらできなかった。偶然の発見を運命のように感じ、彼女は採用試験を受ける。運よく合格し、彼女は転職した。なんの不満もない優良企業を辞め、給与は下がるが夢を叶える事を選んだ。    男社会で働いていた彼女は分かっていなかった。ホワイト企業を黒く染める恐ろしい女たちの存在を⋯⋯。真由は女社会のルールを知らず地雷を踏みまくった。  ルール1、婚約者の存在は隠そう。  真由は最初から婚約者の存在を周囲に話してしまった。噂好きの女たちに格好の餌を撒いてしまったのだ。 「婚約者さんの同僚さんと今度飲み会を開催してよ」  真由の婚約者は、エリートと呼ばれる職業についていた。その為、合コンを斡旋するように頼まれ続けた。やんわり断っている事で真由は周囲からのヘイトをためていった。 「笹本さんの前職の人たちと合コンセッティングして」  婚約者の周りの次は真由の元同僚を狙ってくる。断ると自分だけ幸せなら良い人間だと自己中認定された。    ルール2、愚痴は同期にも溢さない。  カーテンで締め切られたギャレーのなかで真由は先輩に詰められていた。沖縄便は残酷なことにアイドルタイムが長い。 「あんた、新人の癖に愚痴とか言ってるんだって?」  真由は仲が良い同期の綾乃とステイ先が一緒になった時、仕事の愚痴を言い合った事を思い出した。共に辛い訓練に耐えた同志だと思っていたが、敵だったようだ。真由は仕事に不満を持っている新人と言うレッテルを貼られた。 ルール3、先輩の誘いは断らない。  福岡ステイの際、真由は高校以来の友人と会う約束をしていた。その日は1ヶ月に1度の班フライトだった。 「笹本さん、着替えたらホテルロビーに集合ね」 「すみません、今日は友達と約束があって⋯⋯」  先輩の誘いを断り真由は7年ぶりに会う友人と会った。  その晩、ホテルの内線が鳴る。 「あのさー、今日は笹本さんの歓迎会だったんだけど欠席とかありえなくない?」  飛び始めて半年、今更まさかの歓迎会だったらしい。 「すみません、久しぶりに会う友達と既に約束してまして⋯⋯」 「そんなこと言って、婚約者と会ってたんでしょ」  真由は只管に謝ったが、『ゆとり世代』認定された。ちなみに、彼女は『ゆとり世代』ではない。敢えて言うなら、採用してくれた企業に感謝の涙を流しながら働く『就職ブリザード世代』だ。  ルール4、付き合いの出費に目を瞑る。  沖縄ステイの時、真由は反省を生かし先輩の誘いにのった。  連れてかれたのは数珠の店だった。幸運の数珠は身に付けていると男運が上がるらしい。値段を見ると1万円近くする。 「私もフライト中、ブラ紐につけてるの」  先輩の圧に皆が数珠を買う。 「私は婚約者がいるのでいりません」 「婚約者ノ浮気防止ニナルヨ」  真由がいくら購入を断っても店主に片言でゴリ押しされる。 「浮気とかする人ではないので」 「笹本さんて本当に自信家だよね。前も補正下着買わなかったし」  真由の言葉に先輩はご立腹だ。  彼女は以前先輩からすすめられた30万の補正下着を買わなかった。真由は自意識過剰の自信家の烙印を押された。彼女は小松菜が128円でも高いと買い渋る倹約家なだけなのに⋯⋯。  その5、悪意に殺される前に逃げよう。  真由は予定通り結婚した。 「私、ムームー着たいから、ハワイで挙式してって言ったよね」 「すみません」   「あんた、結婚してから仕事手を抜いてない? 働かなくても生活できるのに何で働いてるの? 趣味?」 「すみません」  真由は疲れていた。 「結婚してなきゃ、サッカー選手の合コン呼んであげたのに、残念だったね」  価値観の押し付けにも疲れていた。真由は全くスポーツに興味がなく、趣味は観劇鑑賞だ。  体調が悪い中フライトをしていたせいか、耳の中から爆発音がする。  真由は航空性中耳炎になっていた。  診断書を持った真由の前に先輩が立ち塞がった。 「みんな、航空性中耳炎になっても針で膿を出しながら飛んでるよ? 本当にそれで良いの?」 「はい、いいです」  真由は根性なし認定されたがどうでも良かった。  暫くして、真由は退職した。  総飛行時間証明書と花束を抱え、関係者出口を出る。空港には、沢山の人が行き交っていた。  世界の半分は男⋯⋯なんと、素晴らしい世界だ。  1年後、どこから聞きつけたのか真由に先輩から妊娠祝いが届いた。  ドイツ土産のワインだった。  
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