ノミティアの白昼夢

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いたい くるしい さむい おなかすいた だれか たすけて 広い屋敷の地下に在る座敷牢に勝子(しょうこ)は唯一人閉じ込められていた。痩せこけて骨ばっている腕を空腹で痛む腹に添える。前回ご飯を食べたのはいつだっただろうか。救いを求めようにも乾ききった喉はヒュゥヒュゥと音を立てるだけで声にならない。諦めるように身体を床に倒すと、祖母に折檻された時の傷が痛む。傷に障らないようにそろそろと仰向けになると格子のはまった窓から青い空を背に鳶が飛ぶのが見えた。風に乗り悠々と舞う彼らを見ていると何か哀しく虚しい気持ちがせりあがってくる。乾いた肌に垂れた雫をゴシゴシと拭うと勝子は目を閉じた。 齢12にしかならない少女がこのような場所に閉じ込められ虐げられているのは、決して彼女に非があったからではない。このような家に産まれてきた時点で彼女の運命は決まっていたのだ。 勝子は、この山に囲まれた静かで豊かな村を代々治めてきた酒上(さかがみ)の一族当主の一人娘として生を受けた。勝子の母は病弱で子供を産むことは厳しいと言われていたものだから、彼女の両親の喜びは大層なものであっただろう。母の利発さと父の美形を受け継いだ勝子は二人の愛情を一身に受けてすくすくと育った。 しかし彼女が5つの時、当主夫妻が不慮の事故で亡くなった。親族たちはこれ幸いと村に専制を敷き、各々の私利私欲の為に恵みある土地を荒らしていった。そして目障りな勝子を、日の光が微かにしか入らぬ座敷牢に閉じこめて7年。幸か不幸か彼女は生き永らえていた。思い出した頃にしか与えられぬ飯と、親族たちの鬱憤を晴らすための折檻の中で確かに彼女は命を繋いでいた。 外から微かに叔父の罵声が聞こえてきて勝子はハッと目を開け身をすくめた。怒りっぽい彼は気に入らないことがあると決まって勝子に当たる。鞭だけならまだいい。他の親族も自分を打ち据える時は大体鞭を使うからもう慣れている。問題は、彼は勝子が意識を失うまで容赦なく刀を振るってくる事である。刀で斬りつけられ血が出ても、傷が化膿しても治療してくれる人はいないのだ。 地下牢の入り口のドアが荒々しく開かれる。 勝子は痛む身体を必死に動かして壁まで後ずさった。 「クソッ何だあのクソ爺共め」 いやだ こないで 痛いのは嫌だ 叔父の足音が近づくと共に勝子は身体をより隅の方に動かす。 「なぁ勝子、お前で鬱憤晴らさしてくれよ」 獣のような笑みを携えながら叔父が牢の前までやってきた。 腰には自分を甚振る為の刀や縄が吊られている。 「いやっ…やだ…」 ニタニタと牢の鍵を開け、入ってくる叔父から逃れるように部屋を駆ける。 そんな抵抗など今更意味がない。 彼は獲物を追い詰めるようにゆったりと勝子に近づいてゆく。 もう無理だ… そう覚悟しギュッと目を瞑るった時 勝子の姿が溶けた まるで蜃気楼の如く 文字通り勝子は叔父の前から消えたのだ
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