放課後、プールで先生が泳いでた。

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 夏の日差しにも慣れきった7月の半ば。  水泳部に所属している中二の僕――高橋泳人は、プール脇の掃除を任された。  顧問の横暴にはほとほと愛想が尽きるが、絶対王政が故仕方なく承った。 「泳人、ブラシとバケツは倉庫にあるから。じゃよろしくな」 「……はい」  返事も聞かずに颯爽と走っていく顧問を目で追いかけ、準備に取り掛かる。  しかし何で熱血教師はこうも薄毛が多いのだろう。顧問の後頭部を想起して考える。  小学校六年間、中学校二年間を通してずっと薄毛熱血教師にあたっている。恐らく頭に血が上りすぎて頭髪に悪影響が出ているに違いない。 「俺はただでさえハゲ一家の生まれなんだ。感情の起伏には気をつけねば……」  そうこう言いながら掃除道具を持って外に出る。  水面に照り付ける太陽の光がとても眩しい。放課後だが、まだ午後三時過ぎ程で今プールに飛び込めたら最高だろうと思う。  誰も見ていないんだし、掃除が終わったら入ろうかな。何て考えながら排水管を磨こうとした時、僕は深淵と目が合ってしまった。 「えっ……!?」  深淵、それは比喩ではなく見たままの光景を言ったまで。僕の身長体重を優に超える狸腹をした巨体の剛毛おじさんが悠々と泳いでいたのである。  数秒固まって眺めていると、それは僕の存在に気づいてゆっくりとプールを出た。  よく見たら裸じゃないか。胸毛からすね毛まで余す所なくもじゃもじゃだ。 「これは失敬」  水を滴らせながら裸のおじさんはそうとだけ言うと、堂々とプールサイドを歩いて消えていった。 「何だったんだろあれ。やべ、感情の起伏が……」  変なことでハゲを促進する訳にはいかないため、僕は高鳴る心臓を手で押さえつけて掃除を続行した。  因みに裸のおじさんもハゲだった。  ――翌週。  僕はとっくのとうにプールでの出来事を頭から排除していたのだが、それは思いもよらない形で恐怖と共に呼び起こされた。  全校朝会の場。新校長として紹介され壇上に立ったおじさんにどうも見覚えがあるなと思ったらあいつだったのだ。  その時、僕の背筋は凍りつき額からは一筋の冷汗が垂れた。 「あいつ不審者じゃ無かったのか……」  何であんな奴にちゃんとした役職があるんだという気持ちと、あれがスーツを着て全校生徒の前で堂々と話すのはどうなんだという感情が錯綜して、僕の心拍はすごい速度で増加していった。  全校朝会が終わる時には、僕はあいつに対して敵対心を抱くようになっていた。何故ならこのままではあいつのせいでハゲまっしぐらだからである。  それに今思えば、この時からだったのかもしれない。僕があいつに対して特別な感情を抱くようになったのは。 「じゃあ今日もよろしくな泳人」 「……はい」  前の週の再放送だ。顧問め、僕に掃除押し付けるのに味占めやがった。  と言いつつも正直そこまで嫌じゃなかった。  先週掃除をした時、裸のおじさん改め校長が悠々と泳いでるのを見て、僕もその後一人で泳いだのだ。  僕は校長ほど馬鹿じゃないのでプールに続く扉の鍵を閉めて、周りに人がいないか確認してから裸になった。  真っ裸で泳ぐというのは小学校時代を含めても初めての経験で、入水する時も今までとは違う変な感じがしてドキドキしていた。しかし一度泳いでみると、その緊張感は快感に変わり、言葉では言い表せない程の背徳感と高揚感が身体中を襲った。それが今でも忘れられないでいた。 「これはむしろ嬉しいぞ。僕にとっては好都合だ……!」  僕は鼻歌交じりで外に出た。水面に照り付ける陽の光、今日も絶好のプール日和だ。  早く掃除を終わらせてプールに入るぞー!  ――って、この人は馬鹿なのかな。  そこには前回と同じ格好で泳ぐ校長の姿があった。 「何で鍵閉めないんだよ!」  勢いでつい言ってしまった。  それに校長は静かに口を開く。 「何故、なぜって……人に見てもらわないと興奮しないからさ」 「なんだと……!」  こいつ完全に開き直ってやがる。  こんなのが僕達の学校の長を務めているとは、到底考えられないし考えたくもない。  僕がこいつを留置所送りにしてやる。  僕は浮き輪の上で優雅に寝そべる校長に向かって掃除用具を投げつけた。  でかいブラシやバケツ、ちりとりなどを次々に投げ、それは全て校長に命中した。  当たった勢いでプールサイドまで流されていった校長は、ゆっくりとプールから上がると、その姿のままこちらに近づいてくる。 「く、来るな……変態!」  手元に残ったほうきを校長に突きつける。  しかし校長は、意に介さず近づいてくる。  もう終わりだ。僕はこの気持ちの悪い校長にめちゃくちゃにされるんだ……。  頬に一筋の涙が流れる。  その時だった。 「おい大丈夫か! 泳人!」 「こ、顧問!」 「感謝を伝え忘れたと戻ってみれば……、安心しろ! 俺が今助ける!」 「顧問んん(泣」  顧問は、手を大きく広げて僕に迫ってくる校長に背後からハイキックを食らわせた。  まさに会心の一撃だった。校長は足を取られてプールに落ちると、プールに投げられたバケツに丁度頭を突っ込んでジタバタしていた。 「今のうちだ! 警察呼ぶぞ泳人!」 「はい顧問!」  僕達は清々しい気持ちで職員室まで走った。初めて見る顧問の笑顔に、僕は少し頬を赤らめた。  こうして事件は幕を閉じた。  校長は猥褻物陳列罪で連行され、僕と顧問は翌週の全校朝会で変態校長撃退の御礼がされた。  僕はこの事件で一つ学んだことがある。  僕と顧問は顔を見合せて賞状を受け取る。  それは、〝この世には悪いハゲもいるけど、かっこいいハゲもいる〟ということだ。  どうせなるならかっこいいハゲになりたいと泳人は心に誓うのだった。
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