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彼は顰め面で、むんずと掴んだ私の顔を自分の方へと向けさせた。久しぶりに目の当たりにする彼の、日本人離れした掘りの深い美貌と、無理矢理対峙させられる。
ま・・待って・・
私今、頬を潰されて凄く不細工なのでは・・? なんて無様な再会なのかしら。泣いてしまいそう。
「まさか福田屋を潰して、夜逃げでもしたのか?」
「ち、ちがひましゅ」
「じゃあなんだ。言うまで離さんぞ」
顔を近づけられ鋭い睨みを効かされて、これ以上無様な顔を彼に晒したくなかった私は、遂に降参する事にした。
「夫と別れて家を出ました」
妹に寝取られて追い出された・・とまでは絶対に言えない。惨め過ぎる。彼の前でがっくりと肩を落とした私を前に、彼はあろう事か、口元に手をやり────。
「へぇ」
と言っただけだった。絶対に笑いを堪えている。
「も、もうよろしいでしょうか! 私、仕事がありますものでっ!!」
私は彼を置き去りに走り去った。
悔しい。悔しい。悔しい。
こっちは死ぬか生きるか、切実なのに。
相変わらずなんて、失礼な人────!
◆◇◆◇◆◇
「いやぁ、井ノ原君の大成ぶりには驚かされるねぇ。さすが帝大卒はモノが違う」
「いいえ、私などは、たまたま運が味方してくれただけの、若輩者でございますので」
「随分と謙遜するじゃないか。我々の間ではそろそろ君は、政界に進出とでも考えているんじゃないかと、専らの噂だよ」
「先生もご存知でしょう。私の様な卑しい出生の者が政界進出など、滅相もない事でございます」
「君が本気で興味があるなら、やりようはいくらでもある。どうだ、私の娘と、一緒になるというのは」
────運んできた焼物をお出しするのに、先に出ていた椀を片付ける。どこか意識が遠くに浮いている様な、そんな感覚がした。
「そうすれば君も工藤家の一員だ。どうだ、悪い話しではないだろう」
これは何かの罰なのだろうか。
ずっと心の奥底で怖れてきたこんな話しを、目の前で聞かされるなど・・
「申し訳ありません、工藤先生」
ふと、皿を下げる手を捕まれた。
驚いて顔を上げると、彼は先生の方を向いたまま、こんなとんでもない事を言った。
「実はつい先程、この女性と婚約したばかりでして」
────はい・・?
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