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「お、おはようございます!」
見えないように、慌てて頭を下げた。
「何をしてる」
「ちょ、朝食の準備が整いましたためっ、起こしてくるよう光太郎さんから仰せつかりましたもので、決して忍び込んだ訳ではっ」
「そうじゃない。その格好はどうしたと言ってる」
え?
私は我に返った。・・そうよね。彼に言わなきゃならないのは、そんな言い訳がましい弁明じゃない。私は彼に向き直った。
「この度は路頭に迷ったところを拾って頂き、誠に有難うございます。なるべく早く仕事と住まいを見つけ、生活を立て直せるよう努力致しますので、どうかそれまで、ここで下働きをさせて頂ければと思います。善次さんのご厚意には、とても深く感謝してお────」
突然、強く腕を引かれた。乱暴なほどに強く。
そして彼は倒れ込んだ私の身体を、ベッドの上へと抑えつけた。不快に顔を歪めて────。
「俺の施しを受けるのがそんなに嫌か」
────え・・?
「ぜ・・善次さん・・?」
「俺が見返りを求めるとでも? あまり見くびるなよ。お前如きの食い扶持くらい、今の俺にとっては捨てる程の端金だ」
「も・・申し訳・・ございません・・」
上から私を抑えつけた彼に、戸惑いの目を向けると・・彼はすぐに、私の身体を解放した。
「もういい。勝手にしろ」
「ぜ、善次さ・・」
バタンと、乱暴な音を立てて、彼は扉を閉め廊下へと出て行ってしまった。私は愕然とした想いで、閉ざされた扉を見つめた。
"人を見下して良い気分か"
私は何かまた────あの時のように、彼の気に障ることを言ってしまったのだろうか。
(どうしたら良かったの?)
お世話になってるのに我が物顔で寛いでいれば良かった? いやでも、どう考えてもそれは失礼な気がする。
でも・・もしかしたら、そういうのが『可愛い』女なのかしら。
綾はいつだって我儘で強欲でおねだりばかりして・・だけどお父様も尚弥さんも、そんな綾を可愛いがっていたわね・・。
怖かった。また彼の機嫌を損ねてしまうのが。
また幼い頃のあの時のように、そのうち彼に拒絶されてしまうのではないかと思ったら────。
◆◇◆◇◆◇
食事は厨房で頂いた。
「ご一緒に食堂でお召し上がりにはなりませんか?」
光太郎さんはそう言ってくれたのだけれど・・。
「い、いえ・・私は、今日はここで・・」
「はぁ。そうですか?・・」
先程の件をどう取り繕えばいいのか分からなかった私には、つい足がすくんでしまう。昔からの彼との確執みたいなものを改善しようとする気力よりも、これ以上嫌われたくないという思いの方が遥かに勝ってしまっていた。
後片付けを手伝っていると、彼が造船所へ進捗の確認に出掛けるというので、玄関へと見送りに出た。彼の不機嫌を目の当たりにするのが怖くて、下を向いていたけど。
スーツに着替えた彼が私の前を通る際、彼はこう言った。
「あの味噌汁を作ったのはお前か?」
「!? は、はい。左様でございます!」
「不味かった」
(・・・・!!)
腑を無造作に握り潰されているような鈍い痛みを感じた。
「も、申し訳ありません・・。早くお口に合うものを作れるよう、精進致します・・」
彼は何も言わずに玄関へと歩みを進めた。私は頭を下げる。
ああ・・こんなことならもっと、お料理の勉強をしておくんだった・・。最悪だわ。本当に役たたずな私。
気分は既に沼の底。なのに彼は・・。
「志乃」
かかった声に顔を上げると、彼は玄関の戸口の前で、私の方へ視線を向けていた。
「お前も来い」
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