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「善次さんが最初に立ち上げたのは、貿易会社ですよね」
「そうだ。輸出入の輸送のみなら在庫を抱える必要がないし、船自体の需要も高く、売ろうと思えば売り先はあったからな。損を回避した結果だが、ちょうど輸出需要が増大していた時に重なったから、想定以上に当たったという事だ。運が味方したな」
「お若くしてよく船を持てましたね。銀行は貸し渋らなかったのですか」
「大学へ進学した頃、母が身請けされてな。裕福なオランダ商で、そのツテで中古の船を譲って貰ったんだ。その船で稼いだ金を担保に、銀行から金を借りて船を増やした」
母親が身請けを・・? ではお母様はもう、あの遊郭を出て・・
「お母様も良縁を得られたようで、おめでとうございます。今はどちらに?」
「ここから近い、山下町に住んでいる。特に交流は無いがな。船を譲って貰ったとき、これきりという約束だったから」
「え・・」
これきり・・
考えてみれば当然なのかもしれない。
身請けというのは、彼の母は多額の金で買われたという事。遊郭を出られたとしても、それが自由を得たという事にはならない。彼女の持ち主が、妓楼からその商人へと変わったというだけ。
どうか・・その暮らしが平穏なものであると良い。
そして彼の心が、昔よりも荒んだものでは、どうか無い様に────。
隣りに立っていた彼の、手を繋いだ。
なんて言ったらいいか、言葉では表せない気がしたから。
少しでも貴方の心も、私の心も伝わり合えたらいい。そんな気持ちで。
だけど────。
「また『可哀想』か?」
繋いだ指を解き、彼はまた私に、どこか冬の海のように冷たく澄んだ青色を向けた。私に背を向けて歩き出した彼。伝わったのは温もりではなく、冷たい拒絶。
"人を見下していい気分か、偽善者"
────違うのに・・
私が貴方を追いかけていたのは、『可哀想』だからなんかじゃない。
私を好きになって欲しかった。
今だってそう。ただ、それだけ────・・
何年経ってもこの想いが伝わることは無い。
もう何度も思い知っているのに、私はすぐに貴方の気紛れを間に受けて、期待をしてしまって。
本当に、馬鹿な女。
◇◆◇◆◇◆◇
造船所を後にして、私達二人は駐車場へ向かって歩いていた。
身の程をわきまえて、もう十分気落ちしていたのに。更に私は最悪の出会いをしてしまうのだ。
「────お姉様?」
身体が先に反応した。何かぞくりとした寒いものが、背中の辺りを這っていくのが。
振り返ると、声の主はいつものとおり、華のある笑顔で愛らしく笑っていた。見る者は皆、天女のような心根の娘であると信じてしまう様な、天真爛漫な笑顔で。
「あ・・綾・・」
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