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ショッピングモールの片隅で磯野亜香里は魔術師として占いをしていた。テーブルを前にして、買い物帰りの若奥様という雰囲気をかもしだす女性へ相対している。
「いかがでしたか。ご主人さまは白状しました?」
25歳になって、落ち着きのある女性も演じられる。ショートヘアーが内巻きで、おとなしい雰囲気だけはあった。
「浮気相手との会話が自動再生するなんてねー。びっくりしてたけど。認めたわ、離婚よ」
別れることに、良かった、とは言えないけれど、うなづく亜香里。
「魔術を使えば、簡単にスマホも操作できるから」
浮気してないか、キーワードを言えば、相手のスマホが勝手に再生する魔法をかけたのだ。
「探偵を雇うより安くついたわね」
笑顔で言うと一万円札を亜香里へ渡す。これから慰謝料も取れると考えれば、安いだろう。
「これは内緒に」
亜香里は声を潜める。黒いレース編みのフード付きロングカーディガンを着るから、いかにも重々しい感じはする。
「当然。また、困ったことがあったら、来るから」
女性は星座で占ってもらったような顔で、出ていった。
亜香里には常連が何人もいる。自動車の一部を使えなくさせて、と頼まれて出張したこともあるけれど、これは報酬も高い。
(星座占いはネットに載ってるのを喋ってるだけだから、信用もないけどねー)
本職と言うか、物質を破壊する威力の黒魔術も使うときがあった。その仕事を持ってくるのが中浜竜太。地球防災対策隊の一員だ。
昼食時間が近づくと竜太がやってくる。大学生のころ、魔術を役立てようと調べて地球防災対策隊を知った。近くに住む隊員として紹介されたのが竜太。
「海中アメーバだ」
「それが何か? いつも、話す順序がバラバラだね」
「なるべくは、早くして欲しいから」
それならなお、順序だてて言わないと困るけれど、予想もしていた。
「海にアメーバかー。あの黒い物体に関係あるよね」
海上に黒く浮かぶ漂流物がある、と話は訊いてもいた。黒魔術を最大に使うときがきた。
「あれだ。5年前に海でみつかったアメーバが繁殖して」
そこから話し出すと長くなる。要点を押さえるのが下手な男性らしい。
「行きながら。絨毯を準備するから」
たぶん、場所は戸成野ビーチ。海が黒く見えると情報もあった。
(魔術で解決できるならいいけど、見てみないと)
亜香里の黒魔術は物質を破壊するけれど、生物には効果がないのだ。アメーバが相手なら、どうなるか不安。
それでも、魔法使いとしての役目は果たさなければ、魔力も失ってしまうと魔術本に記されていた。
屋外に出ると、一畳分の絨毯を広げ、二人で乗る。
「ニューヘリウム上昇」
呪文を唱える。絨毯の淵が捲れ、箱舟のような形になった。
空飛ぶ絨毯がビーチへ向かって飛んでいく。
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